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タグ:永井荷風 ( 6 ) タグの人気記事

大塚  “ストーンサークル”の正体

大塚先儒墓所を再訪しました。
墓石のうしろにある“ストーンサークル”の正体が分かりました。
先月17日の投稿では、『 ベンチか、花壇か? 』 と書いてしまいましたが、とんでもない。
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これは、土まんじゅうだったのです。 儒学者がこの下に葬られているわけです。
『 土が高く盛られていないじゃないか 』
と思われるでしょうが、関係者の話によると、長い年月の間に沈下してしまったそうです。
不明を恥じるばかりです。 訂正を兼ねて最近の写真をアップさせて頂きます。

永井荷風は、戦前にここを訪れた際、
日比谷公園の如くに改修せられたり
と書きましたが、当時の資料写真を見ると、石畳などが整然と敷かれ、この風景からは想像できないほど確かに公園然としていました。
その石畳は、落葉と土の層の下に埋もれているはずです。
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by muffin-man | 2007-11-28 22:20 | 大塚/池袋

南千住  聖地を詣でる

墨東を自転車でウロウロした後、2カ月ぶりに浄閑寺を訪れました=20日(日)。
吉原遊女たちの供養塔です。
遊女とその子らの名を記した過去帳は、1743~1926年の約180年間で10冊にも及ぶそうです。
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その浄閑寺を頻繁に訪れたのが荷風先生。
先生をしのんで、谷崎潤一郎らが昭和38 (1963) 年に碑を建てました。
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ジジむさい写真が続いたので、最後は都電の写真で軽やかに。
って、祠 (ほこら) が主役では、やっぱりジジむさいね、これも。
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ちとバタバタしておりまして (そのくせ東向島ではしっかり飲んでる)、皆さんのところに伺えず、レスも遅れがちで、すいません。
今回はコメントなしにさせて頂きます。
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by muffin-man | 2007-05-25 21:10 | 三ノ輪/南千住/東日暮里/下谷

本郷  あの人が現れた!

民家の2階から路地を撮っていると、見たことのある人がトボトボ歩いてきました。
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荷風先生だ!
『 先生、玉ノ井だけじゃなく、この街にも好い人がいるんですかい? 』
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『 ふふふ。 つまらん詮索してないで、しっかり路地を撮ってなさい 』
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ジオラマ作家・山本高樹氏の作品です。 東京駅八重洲地下街を通りかかったところ、たまたま雑誌 『 荷風! 』 の販促イベントとして展示されていました。
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by muffin-man | 2007-04-20 21:46 | おまけ | Comments(34)

文京区春日  小石川・牛天神裏の青春

永井荷風が小説 『 問わず語り 』 で描いた街を歩いてみました=3月31日(土)。

時代は、関東大震災 (1923年) から戦前にかけて。
美術学校の学生ら若者3人が、
『 牛天神の裏に家を借りて無頼気ままな生活をしていた 』

その牛天神 (うしてんじん) の入口が、こちら。 階段を上ると境内です。
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『 江戸川の方面から来ると、安藤坂の下から牛天神の岡に添い、崖のふもとを巡る急な坂を登りきって、富坂上の電車通へ出ようとする静な片側町だ 』

こちらは、牛天神坂。
目と鼻の先に東京ドームがありますが、夜は暗く、森閑としてそうです。
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彼らの隣家に、20代の美しい姉妹が引っ越してくると、
『 一日も早く交際の糸口を見つけたいものだと、めいめい其機会を窺っていた 』
そうして、例によって“荷風節”が……。

小石川の伝通院まで来ると、近くの空き地?に小さな祠 (ほこら) が。
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小説に描かれた当時、界隈は小石川仲町 (1~2枚目) 、小石川表町 (3枚目) という町名でした。
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by muffin-man | 2007-04-06 22:19 | 本郷/小石川/春日/神楽坂 | Comments(32)

死ぬまで愉しんで1万円ポッキリ!

ぐふふ、買ってしまいました、『 永井荷風全集 』 全29巻。
初版ではないので、1万円。 死ぬまで何度も何度も愉しめる!と思うと、安いもんです。
荷風先生曰く、
『 路地は細く短しといえども趣味と変化に富むことあたかも長編小説の如し 』
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by muffin-man | 2007-03-27 21:04 | おまけ | Comments(32)

六本木  荷風先生の旧居跡を訪ねる

ヤボ用で近くに来たのをこれ幸いと、永井荷風がかつて住み暮らした 『 偏奇館 』(ぺんきかん)跡を訪ねました=18日(日)。
六本木1丁目駅を降りると、目の前に、『 泉ガーデン 』(45階建て)がそびえています。
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おっと、路上の公共案内図に偏奇館跡 (左下) も載ってます。
こりゃあ、迷わず行けそうだ。
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東京大空襲で偏奇館は焼亡しましたが、道源寺 (写真・左) は残りました。
荷風は当夜、この坂(道源寺坂)を下り、避難しました。
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案内図通りに来たけど、外資の看板じゃん!
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――その数メートル先に碑がありました。
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偏奇館は崖の上にあったそうです。 荷風は眼下の眺望を愛し、1917~59年の日記 『 断腸亭日乗 』 に窓から見たスケッチまで添えています。
この界隈の風景について川本三郎は、著書 『 荷風と東京 「断腸亭日乗」私註 』 の中で、
「いまでもアークヒルズの隣接地とは思えないような古き良き、静かな町である。(中略)細く、曲がりくねった道が、車が入ってくるのを拒んでいる」
と書いています。
でも、これは1996年時点の話。 2002年に泉ガーデンが竣工して風景は一変、崖は高層ビルの谷間に埋め込まれてしまいました。
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by muffin-man | 2007-03-18 21:56 | 六本木/麻布 | Comments(12)