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東葛西/亀有  だらだら撮るよ

「ふふ、素敵なオーバーで通勤の私。まだちょっと暑いが」
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「お母様、さっきからあそこのおじさんが写真機を向けてるの。いやだわ」
「そう言いながら、あなた、微妙に小首かしげてポーズ取ってるわよ」
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というわけで、久しぶりに写真仲間とともに、東葛西の地下鉄博物館(上2枚の写真)、そして、だらだらと亀有へ=5日(土)。
コッペパン専門のこちらの店。美味しゅうござんした。
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でも当然、それだけでは物足りず、仲町商店会にて、ねぎま105円。
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こちらは亀有食品市場。
すごい活気でした。
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1957年創業「ニュー幌馬車」で一休み。
美しき写ガールが腰をかがめて激撮しております。
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その写ガールを激撮するおっさんたち。
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日暮れが早くなった。
ピンクが妖しい。
この後は、北千住で一杯やりました。
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わたしが書いた『東京街角 お地蔵・稲荷・石塔めぐり』では、都心部にたたずむ地蔵や狐像を、お守りする人々と共に写真で紹介しています。
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by muffin-man | 2015-09-12 11:00 | 築地/豊海町/豊洲/佃/葛西

檜原(ひのはら)村  チビる!大岩壁

檜原村を先月に続き再訪した。
島を除く、都内で唯一の「村」。
「チビりそうな岩がある」と地元の人に教えられていたためで、向かったのは神戸岩(かのといわ)。
JR武蔵五日市駅前のコンビニには、早くも薪(まき)が並んでいた。
この光景、約15キロ北西の奥多摩駅近くのコンビニでも見たことがある。
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西東京バスに揺られること約30分、神戸岩入口の停留所に到着。
ここから、ほぼ神戸川沿いに上り坂の舗装路を行く。
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間もなく、小さな滝が現れた。
滝というほどではないかもしれないが、まあ、いいさね。
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あれやこれやを撮りつつ、行く。
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そして、滝。
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また、滝。
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さらに、滝。
うんざりするほど、滝、滝、滝なのだよ。
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杉木立の道を行くと――、
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こんなところにも湧水が豊かに落ちていく。
道は常に清流とともにある。
せせらぎが絶えず聞こえ、ちょっと夢のような道行きだ。
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人にも車にもほとんどすれ違うことなく、
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目的地の神戸岩に到着した。
大した距離ではないと思うが、ゆるゆると撮り歩いたので、バス停から1時間かかった。
右手に見えるのが神戸岩(の一部)のようだ。
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好い感じに古びた橋が架かっている。
完成は昭和32(1957)年。関係ないが、前回の東京五輪の7年も前だ。
神戸岩へは橋の手前から入れるようだが、あえて、このまま橋を渡ってみる。
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うわ~、隧道(ずいどう=トンネル)が現れた。
おらの大好物である。
おらのヤル気スイッチ、オン!
さあ、行ってみよう。
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さほど長くはないが、明かりが皆無なので、距離感がつかめない。
出口がややカーブしており、見通しも悪い。
写真もピンボケですな。
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隧道を抜けると、神戸岩。
こちらは、その反対側だね。
おいおい、岩伝いにチェーンが向こうまで渡されているよ。
しかも、途中の道がグンと狭くなっている。
「チビりそうな岩」とは、このことか。
いや、実際、チビりそうだ。
でも、行くど。
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ここにも、滝。
だが、次第に余裕がなくなってきた。
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だって、これだぜ。
両脚で立つのがやっとの幅しかないところもあり、しかも、ツルツルして滑る。
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それでも、頑張って振り返り、何とかシャッターを押す。
全て右手だけで撮っている(左手はチェーンを握りっ放し)ので、ピンボケ写真を量産中。
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おのずと目に入る急流。
そして、激しい水音。
視覚と聴覚、さらに嗅覚(水や土、苔の匂い)すらキリキリと刺激され、クラクラする。
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ここで解説。
檜原村観光協会発行の資料によると、神戸岩はこの沢をはさんで向かい合う大岸壁のこと。
高さは、左が100メートル、右は80メートルで、岸壁の奥行きは60メートル。
名前の由来は、下流から見ると「戸岩(岩戸=岩の扉)」が開きかけているような姿に見え、この延長線上に神社(大嶽神社)があるため、ここを神域の出入り口と見立て、神域の戸岩=神戸岩となった――とする説が有力という。
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ここが最大の難所。
なんと、チェーンが一部ないのだ。
ここでも足下は容赦なくツルツルしており、おっさんビビりまくり。
よって、これまたピンボケ。
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まだまだ続く。
奥行き60メートルというと一見短そうだが、実に長く感じる。
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たどって来た道を、また振り返る。
下流からだと、確かに岩戸に見える。
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上の写真の横位置ショット。
どなたがチェーンを取り付けたのか知らないが、おらには大変な偉業に思える。
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ようやくゴールだ。
でも、神戸岩は最後までやさしくない。
ハシゴが雨で濡れてるじゃないか。
く~っ、目まいがする。
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やっとの思いで、ゴール。
振り返ると、ハシゴが何だか心許なく、改めてビビる。
いや、でも、楽しかった。
ありがとう、神戸岩。
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さて、ここからは一転、平和な写真に戻ります。
神戸岩入口のバス停まで戻り、今度は払沢(ほっさわ)の滝に向かった。
地蔵がお出迎え。
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この店で豆腐料理を食べたかったが、休みだった。
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途中を大幅に省略し、これが払沢の滝。
岩に腰かけている中央の人で、滝の大きさがお分かりだろう。
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滝見物を終えて、とっとと帰る。
バスは1時間に1本あるかないかなので、あまりノンビリできんのよ。
で、西日暮里の「花家」にて、ビールといつものラーメン、そしてデザートにあんみつ。
大好きな千葉・館山産のテングサを使った寒天が、たまらん!
猫がつまみ食いしているような写真になってしまったが。
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※「聖坂を往く・その2」は次回アップします。

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by muffin-man | 2015-09-04 09:52 | おまけ

都内  群れる

世界は広いというのに、なぜ群れるんだろう。
窮屈そうだ。
毎年見かけては、毎年不思議に思う。
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by muffin-man | 2015-08-12 14:23 | おまけ

都内  放射状雲

5日(水)午後6時52分撮影。
「放射状雲」というそうだ。
さほど珍しい現象でもないらしいが、ちとタマげた。
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by muffin-man | 2015-08-08 19:54 | おまけ

檜原(ひのはら)村  旧分校の夏・その3

一見トイカメラ風。実は、ジオラマ。
閉校の際、児童と教職員が記念に作ったもので、校内に展示されている。
よくできてるね。
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廊下の壁には児童の習字作品などの他、昔の写真も貼られている。
おらは、この1枚に目が釘付けとなり、涙ぐんじまった。
押しくらまんじゅうをしているのだろうか、きれいな女の先生と児童が生き生きとして、幸せそうだ。
作者も撮影年月日も不明。撮り手は凄腕と見た。
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冬は雪が降り積もる。
昨年の雪害では奥多摩町の一部地区と同様に、数日間「陸の孤島」と化したという。
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こちらは給食風景。
児童も教員も全員でテーブルを囲んだ。
給食は村内のセンターから運ばれてきた。
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紹介が前後するが、教室は1階ではなく、2階にある。
校舎が完成したのは、今よりも貧しかったはずの昭和34(1959)年。
なのに、優雅で美しい。
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教室です。
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お気づきだろうか、妙なオブジェが飾られているのを。
廊下にも、この通り(カマキリだね)。
いずれも児童の力作だ。
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そろそろ引き揚げようか。
ありがとう、数馬分校。
そして、学校を大事に管理している地元の方々に感謝いたします。
ここまできれいに残しておくのは、大変なご苦労があればこそです。
さて、最後の1枚は、帰りのバス停で見かけたバス会社の看板。
「自由乗降」といって、一部区間では停留所以外にも好きなところで乗り降りできる、というシステムだ。
そう言えば、行きの車中で1人のおばあさんが「××でお願いします」と運転手に声をかけて、停留所ではない場所で堂々と降りていった。
その時は「おいおい、道路運送法違反だろう」と思ったが、そういうことだったのだ。
自由乗降は昭和54(1979)年から運営していると書かれているが、おらが昔住んでいた北海道にもこんな仕組みはなかった(と思う)=『旧分校の夏』終わり。
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以下、おまけ。
つげ義春『貧困旅行記』所収の『奥多摩貧困行』=昭和60(1985)年=に、つげの息子が小学校の遠足で数馬分校(と思われる)学校を見学した、との記述がある。
つげ自身も、その19年前の昭和41(1966)年に数馬に泊まったといい「秘境」と称している。
おらにしたら、今でも秘境に近い。

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by muffin-man | 2015-08-07 11:57 | おまけ

檜原(ひのはら)村  旧分校の夏・その2

16年前の1999年に閉校した数馬(かずま)分校。
校舎は解体されず、そっくり残された。
ほら、まるで夏休みの教室のようだ。
児童の姿は見えないのに、どこかに気配を感じる。
ここもまた、東京都内です。
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窓の外は、むせかえるような緑。
ここまで湧き水の音が聞こえる。
教室を抜ける風が心地いい。
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涼しいはずだ。標高686メートル。
東京スカイツリー(634メートル)より高い。
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ピアノは、ちゃんと音を奏でる。
ここは職員室。
閉校後、ピアノはよその教室からここに移設された。
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廊下にはオルガン。
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マリンバ。
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職員室の黒板。
閉校した3月の行事予定が書かれたままになっている。
閉校時の児童数は、3~6年生で計7人だった。
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チョークがひっそりと眠っていた。
このチョークで先生や児童が最後に書いたのは、どんな文字や図形なんだろう。
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ああ、もっと偉人伝を読んでいたら、おらはちゃんとしたオッサンになれただろうか。
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カレンダーも1999年4月のまま。
ああ、そうだ、おらはあの頃……いや、オッサンのしみったれた思い出話などやめておこう。
左横にあるのは、黒板消しクリーナーです。
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縄跳び、水道……。
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この表彰状と写真はすごいよ。
なんと、前回の東京五輪(1964年)で、分校から聖火ランナーを輩出した時のものだ。
ミソつきまくりの2020年東京五輪とは異なり、当時の東京五輪に寄せる日本人の期待や夢や希望は半端なかっただろう。
この少年はもちろん、家族や担任の先生にとっても、とてつもない栄誉だったと思う。
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学校には実に多くの貼り紙がある、ということに今回気づかされた。
驚いたのは、これ。
卒業生がどこに住んでいるか、が一目で分かる地図なのだ。
それも、明治44(1911)年以降の卒業生を、生家ごとに示した労作だ。
田舎ゆえ同じ姓が多いため、分かりやすく屋号も記されている。
その中に「猿畑」とか「猿屋鋪」といった屋号が散見される。
聞けば、実際に一帯には猿が生息し、今でも校舎の屋根に上っていたりするそうだ。
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ツキノワグマも出るぞ。
こちらは、数馬停留所の待合所に貼ってあった注意書き=つづく。
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by muffin-man | 2015-08-06 11:10 | おまけ

檜原(ひのはら)村  旧分校の夏・その1

児童が亡くなったわけではありません。
にっちょく、です。
ここ檜原村立檜原小学校数馬(かずま)分校では、16年前の1999年に閉校したまま時が止まっています。
東京都内です。
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最寄り駅は、JR五日市線の終点・武蔵五日市駅。
都心からだと遠いぞ。
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島を除くと都内では唯一の「村」へは、1時間に1本あるかないかの路線バスに乗る。
延々1時間も揺られ、ようやく目的地の数馬に着いた。
涼やかなせせらぎが聞こえる。
やがて多摩川に合流する北秋川がバス停の下の渓谷を流れているのだ。
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さあ、歩こう。
街道を少し下ると、入口があった。
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正式には「数馬分校記念館」という。
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鬱蒼とした坂を登っていく。
子供たちの通学路だったんだね。
都心より涼しくて、気持ちいい。ここでも川音が聞こえる。
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北秋川に流れ込む湧き水だ。
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着いた。
向こうにサッカーのゴールが見える。
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こんにちは、分校。
開校は明治7(1874)年。
この校舎に改築されたのは昭和34(1959)年だから、半世紀以上も前の建物なのだ。
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こちらは、校庭の隅から撮った1枚。
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鉄棒も滑り台も、閉校した当時のまま残されている。
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サッカーゴールの後ろの綱登り、すごい高さだね。
地元の人の手作りだそうだ。
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玄関からおじゃまします。
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下駄箱も、長靴も当時のまま。
長靴は近くで農作業学習の時に使ったそうだ。
ではでは、校舎の中をじっくりと見学させてもらいます=次回につづく。
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by muffin-man | 2015-08-04 22:25 | おまけ

上野桜木/谷中  崖上の初夏

寛永寺の八重桜です。
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満開。
見事だね。
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おまけに、もう1枚。
八重桜も「春の花」なのだろうが、どうも「初夏の花」というイメージだ。
ソメイヨシノがすっかり散ってしまった後に、主役が交代するかのように登場するからだろうな。
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谷中は天王寺の地蔵堂。
新緑の季節だね。影も何となく初夏っぽい。
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谷中霊園の大銀杏。
秋には、こんなになるよ
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寛永寺も谷中霊園も、崖の上にある。
崖上の街では、しばしば階段に出くわす。
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ほら、ここにも。
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この六角堂は、いつ建ったのだろう。
少なくとも2年前にはなかった。
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眼下を走るは、山手線や京浜東北線など。
手前の桜が満開の頃や秋の写真は、こちら(4枚手前のリンク先と同じです)。
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by muffin-man | 2015-04-18 18:17 | 根津/谷中/千駄木

板橋・赤塚公園  ニリンソウ群落

今が盛りのニリンソウ。
自生地としては都内最大という。
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すごいね。
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案内板によると、1978年に自然観察会のグループによって群落が発見され、以来、ボランティアが長年にわたり保護・保全活動を続けてきて、この姿があるそうだ。
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キンポウゲ科。
花びらに見えるのは、実は萼(がく)が発達して大きくなったもの。
1カ所から2~3輪の茎を伸ばすので、ニリンソウの名がついた。
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この写真からも、3輪伸びている様子が分かる。
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可憐だね。
ニリンソウは板橋区の花であり、区のマスコットキャラクター「りんりんちゃん」のモチーフでもある。
ちなみに、自生地は立ち入り禁止。
最後の3枚は、柵の近くに咲いていた花を一脚&マクロレンズで撮ったんだが、久しぶりのアクロバットな撮影で、エラく疲れた。
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by muffin-man | 2015-04-15 12:34 | 赤塚公園

谷中/鶯谷/東十条ほか  桜満開の街を往く

代休の本日30日(月)、桜を求めてうろうろしました。
最初は、前々回もアップした都立赤塚公園。 すっかり満開だ。
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お次は、谷中霊園の端っこ。
崖の上で、おにいさんが裸足になって、まったりと春を満喫している。
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谷中霊園はメーンストリートから外れたほうが、ひと気もなく、好い。
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さて、腹が減った。 いつものように鶯谷(根岸)に下りていく。
この店、前から気になっているのよ。
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なぜって、このように薄い。
建物が圧倒的に薄いのだ。
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入口横のサンプルも、ほら、そそるだろう。 「かつカレ」だど。 書体が男っぽく、カッチョいい。
で、入ってみた。
カツカレー(コンソメスープ付き)650円は、カツが熱々。 うまし!
絶対に、また行く。
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それにしても、鶯谷周辺は「薄い」店が多いのか。
駅前のローソンも、店内が異常に狭い代わりに、なんと地下がある。
ちなみに、この外観で分かる人は分かるだろうが、ラブホテルの1階だ。
我らの「信濃路」の並びね。
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でもって、ここは信濃路の裏の元三島神社の桜。
2週間ほど前は、ここの河津桜をアップしました。
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さて、京浜東北線を東十条駅で下りる。
駅前の、これを撮るためです。 ん~、順光じゃないのがツラい。
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てくてく行こう。
菜の花だろうか(にしては、デカい)、埼京線の土手が黄色く染まっている。
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板橋区は前谷津川緑道。
桜のトンネルだね。
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同じく、紅梅公園。
梅よりも、この桜の巨木の方がシンボリックだ。
鶯谷の児童公園には、缶コーヒーや缶ビール片手のおっさんたちがいたが、ここでは子供がいるね。
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by muffin-man | 2015-03-30 19:29 | 根津/谷中/千駄木