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檜原(ひのはら)村  紅葉する!大岩壁

通称「気づきベル」。
ふだんはクロスバイクに付けている、サビついた鈴が今回の旅のお伴。
「熊よけ鈴」の代用品として、チャリンチャリン鳴らしながら行くのだ。
なにせ、東京のはずれのここ檜原村ではツキノワグマが目撃されているそうだから。
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目指すは、2カ月半前に初めて来た神戸岩(かのといわ)。
紅葉の時季に必ずまた来ようと思っていたが、タイミングが合わず、ようやく代休の本日19日(木)、再訪することができた。
路線バスを下りるなり、北秋川沿いの紅葉が出迎えてくれた。
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朽ちかけた小屋が点在している。
何だろうね。
上流にマス釣り場があるが、この小屋は、海岸で言えば番屋のようなものかな。
って、テキトーだが。
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残念ながら曇り空なので、鮮やかさに欠けるが、まあまあだ。
前回も、ほぼ同じ位置から撮影した。
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神戸岩まで道のりでは、小さな滝や川の水音がずっと響いている。
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「神戸」と書いて「かのと」って、フツー読めないよ。
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ほら、神戸岩が向こうに見えてきた。
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左右に屹立する岩壁。これぞ深山幽谷。
この渓谷に、北秋川の支流・赤井沢が流れている。
眼下に急流を見ながら、渓谷を行くのがスリリングで楽しい。
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振り返ると、落葉の道。
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さあ、行こう。
2カ月半前は、この神戸隧道(ずいどう=トンネル)で先回りして岩壁沿いに戻ってきたが、今回は――、
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正面から行く。
あの梯子(はしご)を伝って。
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この梯子ね。
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まず、こうして下ってから、梯子を登る。
雨上がりなので、足下も梯子もすべるすべる。
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これよ、これ。
岩壁の向こうに紅葉――と想像していた風景が目の前に現れた。
杉林でなくて、よかった。
これを見たかったのさ。
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右側のチェーンを伝って行く。
チェーンも濡れていて、危ない。
が、それもまたよし、神戸岩。
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愛してるよ、神戸岩。
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あっという間に踏破(というほどでもない)。
先ほどの神戸隧道から戻る。
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んじゃ、帰ろう。
帰り道、不細工なリス君に遭遇。
次に来るのは来年の新緑の頃かな。
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わたしが書いた『東京街角 お地蔵・稲荷・石塔めぐり』では、都心部にたたずむ地蔵や狐像を、お守りする人々と共に写真で紹介しています。
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by muffin-man | 2015-11-19 18:59 | おまけ

若洲海浜公園  牡蠣殻の小島

久しぶりの若洲海浜公園で、まずは、これを確認。
牡蠣の殻なのだ。向こうの消波ブロックの下まで、全て牡蠣の殻。
ほとんど牡蠣殻の小島だね。
5年前に発見した時よりも、明らかに増えている。
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1周6キロのサイクリングコースをテクテク歩く。
かつてよく来た公園だが、これは初めて見るかも。
「お台場の石」。江戸期に台場を築造した際の石だそうだ。
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海を望みながらのブランコは、さぞ楽しかろう。
左手に小さくビッグサンダー・マウンテン(茶色)が見える。
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公園の最北端まで来た。
海抜5.5メートル。
そう言えば大震災の時、公園の横を流れる荒川で、津波の引き波により河床が露出した、という噂が流れた。
んなバカな、と思いつつも、ほんの一瞬信じた。
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大震災によって生じた亀裂。
4年半前に見た風景と変わりない。
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この風景だけ切り取るとと、リゾート地に見えなくもない。
ということもないか。
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5年前の年末、買ったばかりのロードバイクでここまで来て、うれしくて、建設中の東京ゲートブリッジをバックに撮影したもんだ。
1年後に盗まれたが。
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by muffin-man | 2015-10-13 20:48 | 築地/豊海町/豊洲/佃/葛西

都内各所  曼珠沙華、満開

先週の今ごろはまだ1分咲きだったのに、もうこんなになっていた=本日20日(日)。
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上から見ると、こんな感じ(花のエリアには足を踏み入れてません)。
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すごいね、よく見ると、球根がびっしり。
これから、まだまだ咲くよ。
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すぐ近くでは、こんな光景が。
ネットフェンスの向こうからこちら側に茎が伸びている。
曼珠沙華は繊細な姿をしているが、エネルギッシュにどこにでも咲く。
それにしても、近所の人だろうか、倒れないようにロープを渡して丹精してくれて、やさしいね。
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こちらは赤塚公園。
真っ赤な曼珠沙華は遠くからでも分かる。
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こんなふうに小さな群落を作っていた。
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さらば、夏。
振り返ってみると、今夏は猛暑が長続きせず、さほど過酷ではなかったな。
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毎年訪れるここも満開だ。
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秋空にケイトウ。
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by muffin-man | 2015-09-20 16:31 | 赤塚公園

都内各所  曼珠沙華1分(未満)咲き

曼珠沙華はまだかいな、とうろうろしてみました。
赤塚公園で見つけた!
たった数輪だが、崖沿いに。
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おっと、間違えて梅林に迷い込んでしまった。
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よく行く某所の群生地。
傾斜地を真横から撮っているので、こういう絵柄になる。
満開になると一面が真っ赤に染まるが、まだ数えるほどだった。
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別の場所でも発見。
ぐっと寄ってみた。
左隣で弧を描いているのはミズヒキだろうか。
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ん? ギンナンがもう実っている。
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今度は、ごく微かに匂ってきだぞ。
そう、この時期になると漂い始める、あの香り――金木犀。
よく見ると、まだ蕾(つぼみ)なのに、うす~く香りを放っている。
金木犀はトイレの芳香剤を連想するので苦手なんだが、これくらい微かだと好いね。
香水と同じで、ほんのりと。
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by muffin-man | 2015-09-14 09:38 | 赤塚公園

東葛西/亀有  だらだら撮るよ

「ふふ、素敵なオーバーで通勤の私。まだちょっと暑いが」
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「お母様、さっきからあそこのおじさんが写真機を向けてるの。いやだわ」
「そう言いながら、あなた、微妙に小首かしげてポーズ取ってるわよ」
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というわけで、久しぶりに写真仲間とともに、東葛西の地下鉄博物館(上2枚の写真)、そして、だらだらと亀有へ=5日(土)。
コッペパン専門のこちらの店。美味しゅうござんした。
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でも当然、それだけでは物足りず、仲町商店会にて、ねぎま105円。
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こちらは亀有食品市場。
すごい活気でした。
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1957年創業「ニュー幌馬車」で一休み。
美しき写ガールが腰をかがめて激撮しております。
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その写ガールを激撮するおっさんたち。
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日暮れが早くなった。
ピンクが妖しい。
この後は、北千住で一杯やりました。
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by muffin-man | 2015-09-12 11:00 | 築地/豊海町/豊洲/佃/葛西

檜原(ひのはら)村  チビる!大岩壁

檜原村を先月に続き再訪した。
島を除く、都内で唯一の「村」。
「チビりそうな岩がある」と地元の人に教えられていたためで、向かったのは神戸岩(かのといわ)。
JR武蔵五日市駅前のコンビニには、早くも薪(まき)が並んでいた。
この光景、約15キロ北西の奥多摩駅近くのコンビニでも見たことがある。
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西東京バスに揺られること約30分、神戸岩入口の停留所に到着。
ここから、ほぼ神戸川沿いに上り坂の舗装路を行く。
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間もなく、小さな滝が現れた。
滝というほどではないかもしれないが、まあ、いいさね。
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あれやこれやを撮りつつ、行く。
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そして、滝。
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また、滝。
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さらに、滝。
うんざりするほど、滝、滝、滝なのだよ。
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杉木立の道を行くと――、
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こんなところにも湧水が豊かに落ちていく。
道は常に清流とともにある。
せせらぎが絶えず聞こえ、ちょっと夢のような道行きだ。
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人にも車にもほとんどすれ違うことなく、
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目的地の神戸岩に到着した。
大した距離ではないと思うが、ゆるゆると撮り歩いたので、バス停から1時間かかった。
右手に見えるのが神戸岩(の一部)のようだ。
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好い感じに古びた橋が架かっている。
完成は昭和32(1957)年。関係ないが、前回の東京五輪の7年も前だ。
神戸岩へは橋の手前から入れるようだが、あえて、このまま橋を渡ってみる。
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うわ~、隧道(ずいどう=トンネル)が現れた。
おらの大好物である。
おらのヤル気スイッチ、オン!
さあ、行ってみよう。
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さほど長くはないが、明かりが皆無なので、距離感がつかめない。
出口がややカーブしており、見通しも悪い。
写真もピンボケですな。
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隧道を抜けると、神戸岩。
こちらは、その反対側だね。
おいおい、岩伝いにチェーンが向こうまで渡されているよ。
しかも、途中の道がグンと狭くなっている。
「チビりそうな岩」とは、このことか。
いや、実際、チビりそうだ。
でも、行くど。
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ここにも、滝。
だが、次第に余裕がなくなってきた。
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だって、これだぜ。
両脚で立つのがやっとの幅しかないところもあり、しかも、ツルツルして滑る。
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それでも、頑張って振り返り、何とかシャッターを押す。
全て右手だけで撮っている(左手はチェーンを握りっ放し)ので、ピンボケ写真を量産中。
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おのずと目に入る急流。
そして、激しい水音。
視覚と聴覚、さらに嗅覚(水や土、苔の匂い)すらキリキリと刺激され、クラクラする。
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ここで解説。
檜原村観光協会発行の資料によると、神戸岩はこの沢をはさんで向かい合う大岸壁のこと。
高さは、左が100メートル、右は80メートルで、岸壁の奥行きは60メートル。
名前の由来は、下流から見ると「戸岩(岩戸=岩の扉)」が開きかけているような姿に見え、この延長線上に神社(大嶽神社)があるため、ここを神域の出入り口と見立て、神域の戸岩=神戸岩となった――とする説が有力という。
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ここが最大の難所。
なんと、チェーンが一部ないのだ。
ここでも足下は容赦なくツルツルしており、おっさんビビりまくり。
よって、これまたピンボケ。
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まだまだ続く。
奥行き60メートルというと一見短そうだが、実に長く感じる。
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たどって来た道を、また振り返る。
下流からだと、確かに岩戸に見える。
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上の写真の横位置ショット。
どなたがチェーンを取り付けたのか知らないが、おらには大変な偉業に思える。
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ようやくゴールだ。
でも、神戸岩は最後までやさしくない。
ハシゴが雨で濡れてるじゃないか。
く~っ、目まいがする。
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やっとの思いで、ゴール。
振り返ると、ハシゴが何だか心許なく、改めてビビる。
いや、でも、楽しかった。
ありがとう、神戸岩。
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さて、ここからは一転、平和な写真に戻ります。
神戸岩入口のバス停まで戻り、今度は払沢(ほっさわ)の滝に向かった。
地蔵がお出迎え。
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この店で豆腐料理を食べたかったが、休みだった。
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途中を大幅に省略し、これが払沢の滝。
岩に腰かけている中央の人で、滝の大きさがお分かりだろう。
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滝見物を終えて、とっとと帰る。
バスは1時間に1本あるかないかなので、あまりノンビリできんのよ。
で、西日暮里の「花家」にて、ビールといつものラーメン、そしてデザートにあんみつ。
大好きな千葉・館山産のテングサを使った寒天が、たまらん!
猫がつまみ食いしているような写真になってしまったが。
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※「聖坂を往く・その2」は次回アップします。

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by muffin-man | 2015-09-04 09:52 | おまけ

都内  群れる

世界は広いというのに、なぜ群れるんだろう。
窮屈そうだ。
毎年見かけては、毎年不思議に思う。
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by muffin-man | 2015-08-12 14:23 | おまけ

都内  放射状雲

5日(水)午後6時52分撮影。
「放射状雲」というそうだ。
さほど珍しい現象でもないらしいが、ちとタマげた。
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by muffin-man | 2015-08-08 19:54 | おまけ

檜原(ひのはら)村  旧分校の夏・その3

一見トイカメラ風。実は、ジオラマ。
閉校の際、児童と教職員が記念に作ったもので、校内に展示されている。
よくできてるね。
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廊下の壁には児童の習字作品などの他、昔の写真も貼られている。
おらは、この1枚に目が釘付けとなり、涙ぐんじまった。
押しくらまんじゅうをしているのだろうか、きれいな女の先生と児童が生き生きとして、幸せそうだ。
作者も撮影年月日も不明。撮り手は凄腕と見た。
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冬は雪が降り積もる。
昨年の雪害では奥多摩町の一部地区と同様に、数日間「陸の孤島」と化したという。
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こちらは給食風景。
児童も教員も全員でテーブルを囲んだ。
給食は村内のセンターから運ばれてきた。
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紹介が前後するが、教室は1階ではなく、2階にある。
校舎が完成したのは、今よりも貧しかったはずの昭和34(1959)年。
なのに、優雅で美しい。
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教室です。
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お気づきだろうか、妙なオブジェが飾られているのを。
廊下にも、この通り(カマキリだね)。
いずれも児童の力作だ。
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そろそろ引き揚げようか。
ありがとう、数馬分校。
そして、学校を大事に管理している地元の方々に感謝いたします。
ここまできれいに残しておくのは、大変なご苦労があればこそです。
さて、最後の1枚は、帰りのバス停で見かけたバス会社の看板。
「自由乗降」といって、一部区間では停留所以外にも好きなところで乗り降りできる、というシステムだ。
そう言えば、行きの車中で1人のおばあさんが「××でお願いします」と運転手に声をかけて、停留所ではない場所で堂々と降りていった。
その時は「おいおい、道路運送法違反だろう」と思ったが、そういうことだったのだ。
自由乗降は昭和54(1979)年から運営していると書かれているが、おらが昔住んでいた北海道にもこんな仕組みはなかった(と思う)=『旧分校の夏』終わり。
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以下、おまけ。
つげ義春『貧困旅行記』所収の『奥多摩貧困行』=昭和60(1985)年=に、つげの息子が小学校の遠足で数馬分校(と思われる)学校を見学した、との記述がある。
つげ自身も、その19年前の昭和41(1966)年に数馬に泊まったといい「秘境」と称している。
おらにしたら、今でも秘境に近い。

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by muffin-man | 2015-08-07 11:57 | おまけ

檜原(ひのはら)村  旧分校の夏・その2

16年前の1999年に閉校した数馬(かずま)分校。
校舎は解体されず、そっくり残された。
ほら、まるで夏休みの教室のようだ。
児童の姿は見えないのに、どこかに気配を感じる。
ここもまた、東京都内です。
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窓の外は、むせかえるような緑。
ここまで湧き水の音が聞こえる。
教室を抜ける風が心地いい。
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涼しいはずだ。標高686メートル。
東京スカイツリー(634メートル)より高い。
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ピアノは、ちゃんと音を奏でる。
ここは職員室。
閉校後、ピアノはよその教室からここに移設された。
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廊下にはオルガン。
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マリンバ。
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職員室の黒板。
閉校した3月の行事予定が書かれたままになっている。
閉校時の児童数は、3~6年生で計7人だった。
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チョークがひっそりと眠っていた。
このチョークで先生や児童が最後に書いたのは、どんな文字や図形なんだろう。
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ああ、もっと偉人伝を読んでいたら、おらはちゃんとしたオッサンになれただろうか。
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カレンダーも1999年4月のまま。
ああ、そうだ、おらはあの頃……いや、オッサンのしみったれた思い出話などやめておこう。
左横にあるのは、黒板消しクリーナーです。
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縄跳び、水道……。
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この表彰状と写真はすごいよ。
なんと、前回の東京五輪(1964年)で、分校から聖火ランナーを輩出した時のものだ。
ミソつきまくりの2020年東京五輪とは異なり、当時の東京五輪に寄せる日本人の期待や夢や希望は半端なかっただろう。
この少年はもちろん、家族や担任の先生にとっても、とてつもない栄誉だったと思う。
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学校には実に多くの貼り紙がある、ということに今回気づかされた。
驚いたのは、これ。
卒業生がどこに住んでいるか、が一目で分かる地図なのだ。
それも、明治44(1911)年以降の卒業生を、生家ごとに示した労作だ。
田舎ゆえ同じ姓が多いため、分かりやすく屋号も記されている。
その中に「猿畑」とか「猿屋鋪」といった屋号が散見される。
聞けば、実際に一帯には猿が生息し、今でも校舎の屋根に上っていたりするそうだ。
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ツキノワグマも出るぞ。
こちらは、数馬停留所の待合所に貼ってあった注意書き=つづく。
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by muffin-man | 2015-08-06 11:10 | おまけ