タグ:新宿 ( 67 ) タグの人気記事

新大久保  東京ってのは、そうやって出来てきたんだ

遊園地のチケット売り場ではありません。新宿公共職業安定所・高田馬場労働出張所です=8日(日)撮影。
日雇い労働者たちの求職を受け付けています。写っていませんが、周囲を鉄板で覆われ、入口も二重に柵がしてあります。
このため、間もなく移転して建物が撤去されるのだろう、だったら記録しておこう――と、金網の間からカメラを向けました。すると、背後から男の声で、
『何、撮ってんだ?』
c0080357_2345352.jpg

この界隈が懐かしくて撮っている、と話すと、男は、
『このへん、いろいろとうるさいから、ちょっとね』
と、安心したようだ。50代半ば。近くの建設現場で働いている、という。出張所が柵などで覆われているのは、すぐそばの道路工事の関係で、業務は続けられている、という。

小学5~6年の頃(約35年前)、ワケがあって毎週日曜の朝に、山手線で新宿から大塚まで一人で通った。新大久保駅を過ぎると、西戸山公園や路上に男たちが何百人も集まり、いくつもの屋台から湯気が上がっていた。丼メシをガシガシ食う男、タバコを手に何か怒鳴っている男、仲間と話し込んでいる男……。子供心に、彼らのエネルギーに圧倒された。

一帯が 『寄せ場』 である、ということは高校に入ってから知った。事情通の同級生が、
『集まってくるのは、仕事が欲しい労働者さ。手配師が労働者を集めるんだ』
と、解説してくれた。通学路などにあった簡易宿泊所が、彼らのねぐら。界隈は、この出張所を中心に日雇い労働者が集まる “ミニ山谷” だったわけだ。

しかし、男は言った。
『出張所に来る連中は、今じゃもう数えるほどだね』
今でも早朝、手配師を頼って50~60人は路上に集まるが、昔に比べれば激減し、男たちの活力供給源だった屋台も、消えて久しい。

彼と話すそばから、着飾った若い女性が甘い香りを残して通り過ぎ、カップルや子連れ夫婦らも楽しげに行き来する。不細工なくせにやたら清潔そうな犬が、足下にまつわりつく。新大久保方面へちょっと歩けば、ピカピカの高層マンションがそびえている。秋空がまぶしい。

『知ってるかい? 西新宿の高層ビルなんて、作業してた連中が十何人も死んでるんだよ。東京ってのは、そうやって出来てきたんだ』

今でもたまに、彼の現場に、『今日だけ雇ってくれ』 と突然、見ず知らずの男が仕事を求めてくるという。さすがに、昔のようには簡単に雇えない。だが、
『千円札を渡して、帰ってもらうんだ。冷たく追い返すってのもナンだからさ』
(新大久保シリーズ終わり)
スナップ、スナップ写真  街頭写真  にほんブログ村 写真ブログへ
[PR]
by muffin-man | 2006-10-10 23:54 | 新宿/渋谷/原宿 | Comments(14)

新大久保  ミントの香りでむせ返る百人町

大久保通りと高田馬場方面に挟まれた西武新宿線沿いの路地にやって来ました。
界隈は再開発が進んでおり、かつて民家や簡易旅館などが密集していた路地も、ポッカリと小さな空き地を広げています。1970年代後半の高校時代になじんだ風景は、消えてしまったようです。
と、思いきや……。
c0080357_6255357.jpg

深呼吸しなくても分かる。匂ってる、匂ってる、ロッテのガム工場=写真左。
あの頃の風景はすっかり変わっちまったけれど、工場とミント系の甘~い匂いだけは全く変わらない。今も街全体が香ってる!
嗅覚の記憶ってのはスゴいね。この香りを嗅いだだけで、路上で寝ている労務者を避けながらダラダラ通学した、あの頃が一瞬にしてよみがえる。学校中に、あの甘くベチャベチャした匂いが漂っていたもんだ。特に夏はキツいんだ、あの香り。返す返すも、素晴らしき教育環境よ。
(新大久保シリーズ、次が最後だよ)
スナップ、スナップ写真  ぶらり~散歩♪  にほんブログ村 写真ブログへ
[PR]
by muffin-man | 2006-10-10 06:28 | 新宿/渋谷/原宿 | Comments(14)

新大久保  歌舞伎町に続く路地

大久保通りと職安通りに挟まれた、西武新宿線沿いの路地(百人町)。奥が新大久保駅方面で、手前方向にどんどん行くと歌舞伎町です。
例のゴミ箱が、ここにもあります。その隣には、『おとめ荘 宿泊』 と書かれた看板もあります。界隈は昔、小さな飲み屋や簡易旅館、連れ込み宿が居並ぶ、アヤしげな一帯でした。
おいらの高校は新大久保にありました。ここは、授業を抜け出しては歌舞伎町に遊びに行く際に通った路地でもあります。
c0080357_8122249.jpg

『彦左小路』 と書かれた薄汚れた電飾と、『1泊500円』 と書かれた、煮染めたような旅館の看板を今でも覚えている。高校への行き帰りの山手線から毎日見えた。『試験に出る英単語』 を覚えるよりも、その刷り込み効果はスゴかったわけだ。
彦左小路は、新宿ゴールデン街を二回り小さくしたような飲み屋街。1泊500円の旅館は、労務者専用の簡易旅館だった。それらが建ち並んでいたのが、この路地だ。
ほかにも安宿などがあったのだろうが、覚えていない。この 『おとめ荘』 も記憶にない。ここを通るのは、歌舞伎町に急ぐ時にほぼ限られていた。健康不良高校生たちは、路地に構っているヒマなどなかったのだ。

新大久保駅から高田馬場にかけての横丁には、簡易旅館がかろうじてまだ数軒ある。母校のある一帯は、要するにそういう街だった。この道にも通学路にも、男たちがよく寝ていた。今思っても、素晴らしい教育環境だ。
だが現在、拡幅計画が進められており、ご覧の通り、昔日の面影を残すのは、この看板とゴミ箱くらいとなった。
(新大久保シリーズ、ちょっとだけ続けます)
スナップ、スナップ写真  ぶらり~散歩♪  にほんブログ村 写真ブログへ
[PR]
by muffin-man | 2006-10-09 08:20 | 新宿/渋谷/原宿 | Comments(16)

新宿 宵の回遊魚

宵の口の新宿西口。
人々の歩みは、回遊魚のようでもあり、フラフラと夕涼みしているようでもあり。
c0080357_21573528.jpg

〈 スズちゃん親子の思い出 〉
中学3年の梅雨どきに、スズちゃんは北海道の炭鉱街から引っ越してきた。
勉強はろくにできず、スポーツも苦手で、背も低く、おまけに無口だった。
まるで取り柄のないスズちゃんに、おいらは一目惚れしてしまった。
父親は炭鉱員をしていたが、閉山が相次いで仕事がなくなったため、父娘2人で上京してきた。母親は、スズちゃんが小学4年の時に病死したという。

神田川に面した親子のアパートには電話がなく、学校から連絡網があると、おいらが直接たずねて伝言した。貧相なドアから最初に現れるのは、いつも父親だった。冬でもランニングに股引姿で、岩のような肩や腕にはいくつか切り傷があった。

父親の勤め先は、西新宿の京王プラザホテルだった。
ホテルの建設人夫として、朝から夜遅くまで汗とホコリにまみれていた。
西口から高層ビル群を見上げると、スズちゃん親子のことを今でも思い出す。

街頭写真
ペンタックス
にほんブログ村 写真ブログへ
[PR]
by muffin-man | 2006-07-31 22:01 | 家路 | Comments(4)

新宿  歌舞伎町で入道雲を追う

新宿5丁目界隈で、ふと空を見上げると、入道雲が!
うれしくなって、“撮影適地”を探しているうちに、いつの間にか、歌舞伎町に。
そうしてウロウロしているうちに、入道雲は姿を変え、ちょっと迫力がなくなってしまいました。
c0080357_2234941.jpg

入道雲を追いかけている、まさにその時、東口では、『新宿エイサーまつり』なんてイベントが開かれていたんですね。lucca-truthさんのブログ『わがママのおでかけフォト日記』では、その様子が活写されてます。おいらも、こっちに行くべきだった……。
街頭写真
にほんブログ村 写真ブログへ
[PR]
by muffin-man | 2006-07-29 22:19 | 新宿/渋谷/原宿 | Comments(2)

うね~る

よ~くうねってます。

新宿西口で
c0080357_1633746.jpg

街頭写真
にほんブログ村 写真ブログへ
[PR]
by muffin-man | 2006-03-23 00:03 | 家路 | Comments(0)

新宿  見続ける

ご存じ、西新宿の『新宿の目』。
もう35年以上も、往来を見続けています。
c0080357_10122444.jpg

にほんブログ村 写真ブログへ
[PR]
by muffin-man | 2006-02-06 22:10 | 新宿/渋谷/原宿 | Comments(0)