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都内某所  下町ネコ撮り

てっつあんさんの案内で、ネコを撮りに行きました。
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探せば、いるわいるわ。
名前を教えてもらいましたが、どれがどれやら。
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この日はマクロレンズ(タムロン90ミリ)一本勝負。
一脚も持参したが、ネコを撮るにはどうしても機動力で劣り、使いませんでした。
結局、ジャスピンの写真は数えるほど。 やっぱりマクロレンズはシビアですのう。
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by muffin-man | 2013-01-27 11:33 | 花/虫90㍉マクロ

千葉・勝浦 4  灯台へ

勝浦灯台を目指します。
ここでも隧道(ずいどう)が現れました。 しかも、二股。
右が虫浦隧道、左が恵比寿台トンネル。
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虫浦隧道の上に祠(ほこら)があります。
鳥居は昭和9年(1934)に建てられたそうです。
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ここから勝浦漁港が望めます。
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さて、恵比寿台トンネルを抜け、坂道を上り上り行くと、またも別の隧道。
八幡岬公園の入口です。
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公園の突端から、勝浦灯台が小さく見える。
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八幡岬公園からずんずん歩き、ようやく勝浦灯台に着きました。
大正6年(1917)点灯。
一帯は戦中、20数回も米軍に爆撃され、その後、昭和58年(1983)にタイル張りに改装されたそうです。
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ここから眺めると、こんな風景。
岬の先っぽが、先ほどの八幡岬公園です。
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ちなみに、千葉・館山の洲崎灯台はこちら
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by muffin-man | 2013-01-24 21:00 | おまけ

千葉・勝浦 3  岬に巨大なあれが!

白鳳(はくほう)岬。
風もなく、一帯が日だまりです。
ん、あれは?
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林間に道がある。
もしかしたら、また入り江に下りることができるのかな。
行ってみよう。
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しばらく歩くと、石段が現れ、頂上に小さな社が見えた。
手前の鳥居は錆びて、鉄筋もボロボロ。
どれだけ長年月を経ているのだろう。
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大杉神社。
閂(かんぬき)が掛かり、参拝を拒んでいるかのようだ。
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が、柱にこんな板が打ちつけられている。
辛うじて、読める。
「扉を開けて参拝下さい」
で、閂を外し、扉を開けてみると――、
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何だ、あの大きな灰色の物体は?!
ここにも何か書いてあるぞ。
「安政時代に地元の漁師達が捕えた鯨の頭の骨」
スゴいね、1854~59年のことですな。
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近くに、由来を書いた案内板がありました。
それによると、この神社は茨城県桜川村(現・稲敷市)の大杉神社から分身したもので、元々は約600年前に、海上安全や大漁を祈願して建立されたという。
何もかも古色蒼然としているが、鯨骨の横のみかんや饅頭などの供物だけは真新しく、今でも信仰されていることがうかがえる。
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by muffin-man | 2013-01-23 21:00 | おまけ

千葉・勝浦 2  岬めぐり

じっくりまわりたかったもう1つの場所が、ここ勝浦市鵜原(うばら)。
三島由紀夫が敗戦をはさんで書いた短編「岬にての物語」の舞台です。
その岬へと通じるトンネル。 と言うより、隧道(ずいどう)と呼びたい。
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隧道をいくつか抜け、林の中を進んでいくと、おや、こんなひと気のない場所にスクーター。
そして、石段。
下りてみよう。
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小屋だ。
でも、やはり誰もいない。
小さな入り江が見えるぞ。
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どんどん行く。
男の声が聞こえてきた。
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小さいながらも漁港だ。
リアス式海岸が続く鵜原ならではの風景、と言えばいいのか。
小屋の中では、2人ばかり漁師が漁網の手入れをしていた。
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振り返ると、かつうら海中公園の海中展望塔。
あそこは20年ほど前に来た。
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さて、元の道に引き返して、岬の突端を目指そう。
上り下りを繰り返してようやく最初に着いた岬が、手弱女平(たおやめだいら)。
ここから見た風景です。
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リアス式海岸なので、岬はいくつも連なっている。
次にたどり着いた毛戸(けど)岬からは、こんな絶景が。
不思議な自然の造形美。 まるで石切場のようです。
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「岬にての物語」で、鵜原の岬は例えばこう描写されています。
断崖ははるかに水平線を超えて空を限り、今去りゆく雲のために白い岩床を眩しく刃のように輝かせていた。

こちらは、白鳳(はくほう)岬から。
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岬の「黄昏の丘」と名付けられた南の斜面では、スイセンが歌っています。
向こうは鵜原海岸。
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岬めぐりを終え、鵜原海岸に通じる坂を下ると――、
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またも、隧道。
隧道マニアにはたまらない街・勝浦。
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鵜原海岸に着きました。
穏やかで、きれいな海です。
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ところで、一帯は「鵜原理想郷」と呼ばれている。
その名を初めて耳にした時、どこか新興宗教っぽいイヤな感じがしたんだが、ただの無知でした。
「勝浦市史」によると、大正期に鉄道相の秘書・後藤杉久が別荘地開発を計画し「鵜原理想郷土地合資会社」を興したのが、その名の始まりです。
別荘だけでなく、大運動場や雨天体操場、公会堂、病院、温浴場、さらには水力・火力発電所などを建設しようという、今でいう一大リゾート開発だったそうだ。
が、さまざまな事情から、計画は昭和初期までに頓挫し、結果的に鵜原の自然はそのまま残された。
一方、三島由紀夫の「岬にての物語」は、彼が12歳、すなわち昭和12年(1937)の夏に家族とともに避暑に訪れた際の、岬の美しい印象が元になっているという。
つまり、鵜原理想郷のビッグプロジェクトが完成していたら「岬にての物語」は書かれなかったかもしれないわけだ。

次回は、「岬にこんなものが!」をお送りします。
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by muffin-man | 2013-01-22 21:36 | おまけ

千葉・勝浦 1  古きを訪ねて

7カ月ぶりに千葉・勝浦を訪れました。
前回は台風に祟られ、ろくに撮り回れませんでした。
今回じっくり見たかったのは、2つ。
その1つが、ここ「松の湯」。
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旅館ではありません。 銭湯です。 電柱の左に見えるのが煙突。
400円を払って入ってみました。
何と10円で動くマッサージ機が健在。 また、ロッカーは木製で鍵はなく、番号が漢数字でした。
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話は前後しますが、ここ覚翁寺(かくおうじ)は前回も訪れました。
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裏山に石段があり、途中に防空壕があります。
石段をさらに上ると、観音像が現れたり、
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石段や手すりが危なくなっていたり。
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やっと頂上に着きました。
「忠霊塔」です。 これも、あちらこちらで崩壊しています。
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一昨年の震災のダメージかと思いきや――、

そうでもなさそうだ。
塔の石のずれた部分から、植物が伸びています。
この生長ぶりからすると、震災前からのような。
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風化しかけた碑文をよく見ると、建立は昭和30年(1955)のようです。
「忠霊塔」の揮毫は鳩山一郎総理大臣(任期1954年12月~56年12月)
地元の人の話では当時、戦死者の霊を称えようと有志たちが建てたものの、長年月で管理が途絶え、荒れるにまかす状態が続いているそうです。

勝浦で見たかったもう1つの風景は、また次回。
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by muffin-man | 2013-01-21 22:05 | おまけ

永代橋/清洲橋/神保町  大雪

永代橋。
佃の高層マンションも霞んで見えないほどの大雪。 風も強かった=本日14日(月)。
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隅田川沿いに少しだけ北上し、こちらは清洲橋。
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その橋上。
カメラは滴でグショグショ。 橋を渡り、日本橋浜町のドトールへ避難した。
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ところ変わって、こちらは神田神保町のご存じ「さぼうる」前の路地。
休日にもかかわらず、明かりが灯っていた。
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by muffin-man | 2013-01-14 21:17 | 日本橋/人形町

千葉・富津公園  戦争遺跡を見に行く 2

松林に半ば埋もれた「炭団(たどん)」状の構造物。
戦時は「観測壕」とも「監視所」とも呼ばれた施設だ。
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枯木に足を取られながら近づくと、銃眼のような穴が3つ開いていた。
縦5センチ、横50センチで、南側(館山方面)に向いている。
この穴から銃砲器の試射の様子を観測したという。
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裏側に回ってみよう。
それにしても、夏場は草木に覆われ、見つけることができないだろう。
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高さ2メートル余のドーム状。
戦中のものだろうか、表面に黒い塗装が残っている。
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内部は直径1.5メートルの円形。
壁はコンクリートで一部塗り直されている。
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穴から松林を覗くと、こんな感じ。
戦時、一帯は砂原で、海まで広く見通せた。 保安林が植えられたのは戦後だ。
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林間を行くと、さらに遺跡が現れた。
次回に続く。
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by muffin-man | 2013-01-14 11:00 | おまけ

千葉・富津公園  戦争遺跡を見に行く 1

戦争遺跡があるという千葉・富津公園にやって来ました。
戦前から「陸軍兵器行政本部第1陸軍技術研究所富津試験場」が置かれ、銃砲器の性能試験が繰り返されたということです。
松林を抜けると、南側の海岸に古い建物の残骸。 戦争遺跡ではなさそうです。
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東京湾を隔てて横須賀、そして富士山(右)が遠望できます。
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肝心の遺跡は姿を現してくれません。
海岸沿いに歩くと、なぜか墓石と犬の置物。
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東西に延びる公園をぐるりと1周し、再び林間を行きます。
やはり戦争遺跡は見あたりません。 4、5キロ歩いたでしょうか。 成果なく、疲れてきた。
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が、ふと見ると、左手に黒い構造物。 なんだ、あれ。
近づいてみると――、
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うわっ、異様な存在感。
大友克洋「AKIRA」に出てきた「炭団(たどん)」にも似ているが。
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次回に続く。
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by muffin-man | 2013-01-11 23:37 | おまけ

板橋区加賀  「昭和」な風景

年が明けても、相変わらず「昭和」っぽい物件を撮り歩いています。
手作りポスト、というか、巨大な郵便受け。
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ドラム缶製。
うしろにはちゃんと取り出し口が作られていました。
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小学校の鉄柵に下がっていました。
「くさくてこまる」と子供たちが嘆いています。
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開園は戦前。
地元の板谷さんという人が東京市に寄贈したので、その名が付けられたそうです。
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by muffin-man | 2013-01-06 13:40 | 滝野川/王子/赤羽