カテゴリ:おまけ( 167 )

千葉・銚子  銚子電鉄で灯台を見に行く。

ふと犬吠埼(いぬぼうさき)灯台を見に行こうと思い立った、銚子電鉄に乗って。
銚子駅でJRから銚電に乗り換え、終点から2つ手前の犬吠駅で下車する。
高校生の頃の元旦に、銚電で犬吠埼に行ったことがある。その時も、ふいに、だった。
わたしの人生は昔も今も、「思いつき」ばかりだ。
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犬吠駅の周囲にはこんな風景が広がっている。
かつては「灯台前」という駅名だったんだね。
「灯台前」というには、灯台まで距離があるが。
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今回利用したのは、自由に乗り降りできる1日乗車券(620円)。
名物・ぬれ煎餅がついてくるよ。
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10分ほど歩くと、犬吠埼灯台。
灯台はやっぱり青空に映える。
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灯台のまわりは散策路として整備されている。
大きなヘビが前を横切っていったよ。
受付の女性によると、ウサギも生息しているという。
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入口の前のポストも白い。
若かった頃の妻に、絵はがきを出してみたくなる。
「この次は君と来たい」とかテキトーなこと書いて。
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海を見るのは、この夏初めてだ。
千葉はどこも好いね。
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灯台に別れを告げ、再び銚電に乗り、終点の外川(とかわ)で下車。
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引退した車両が出迎えてくれる。
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待合室の旅客運賃表がいい味出している。
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外川駅を後にして、海辺を目指す。
電柱に直に駅名が書いてある。
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地元の不動産事情などをチェックしつつ――、
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やっぱり、ビール。
定食がうまかったよ~(写真撮り忘れ)。
途中の古びた駅をもっと撮りたかったが、時間調整が上手くいかず、断念。
また、今度な。
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by muffin-man | 2015-08-16 10:39 | おまけ

都内  群れる

世界は広いというのに、なぜ群れるんだろう。
窮屈そうだ。
毎年見かけては、毎年不思議に思う。
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by muffin-man | 2015-08-12 14:23 | おまけ

都内  放射状雲

5日(水)午後6時52分撮影。
「放射状雲」というそうだ。
さほど珍しい現象でもないらしいが、ちとタマげた。
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by muffin-man | 2015-08-08 19:54 | おまけ

檜原(ひのはら)村  旧分校の夏・その3

一見トイカメラ風。実は、ジオラマ。
閉校の際、児童と教職員が記念に作ったもので、校内に展示されている。
よくできてるね。
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廊下の壁には児童の習字作品などの他、昔の写真も貼られている。
おらは、この1枚に目が釘付けとなり、涙ぐんじまった。
押しくらまんじゅうをしているのだろうか、きれいな女の先生と児童が生き生きとして、幸せそうだ。
作者も撮影年月日も不明。撮り手は凄腕と見た。
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冬は雪が降り積もる。
昨年の雪害では奥多摩町の一部地区と同様に、数日間「陸の孤島」と化したという。
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こちらは給食風景。
児童も教員も全員でテーブルを囲んだ。
給食は村内のセンターから運ばれてきた。
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紹介が前後するが、教室は1階ではなく、2階にある。
校舎が完成したのは、今よりも貧しかったはずの昭和34(1959)年。
なのに、優雅で美しい。
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教室です。
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お気づきだろうか、妙なオブジェが飾られているのを。
廊下にも、この通り(カマキリだね)。
いずれも児童の力作だ。
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そろそろ引き揚げようか。
ありがとう、数馬分校。
そして、学校を大事に管理している地元の方々に感謝いたします。
ここまできれいに残しておくのは、大変なご苦労があればこそです。
さて、最後の1枚は、帰りのバス停で見かけたバス会社の看板。
「自由乗降」といって、一部区間では停留所以外にも好きなところで乗り降りできる、というシステムだ。
そう言えば、行きの車中で1人のおばあさんが「××でお願いします」と運転手に声をかけて、停留所ではない場所で堂々と降りていった。
その時は「おいおい、道路運送法違反だろう」と思ったが、そういうことだったのだ。
自由乗降は昭和54(1979)年から運営していると書かれているが、おらが昔住んでいた北海道にもこんな仕組みはなかった(と思う)=『旧分校の夏』終わり。
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以下、おまけ。
つげ義春『貧困旅行記』所収の『奥多摩貧困行』=昭和60(1985)年=に、つげの息子が小学校の遠足で数馬分校(と思われる)学校を見学した、との記述がある。
つげ自身も、その19年前の昭和41(1966)年に数馬に泊まったといい「秘境」と称している。
おらにしたら、今でも秘境に近い。

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by muffin-man | 2015-08-07 11:57 | おまけ

檜原(ひのはら)村  旧分校の夏・その2

16年前の1999年に閉校した数馬(かずま)分校。
校舎は解体されず、そっくり残された。
ほら、まるで夏休みの教室のようだ。
児童の姿は見えないのに、どこかに気配を感じる。
ここもまた、東京都内です。
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窓の外は、むせかえるような緑。
ここまで湧き水の音が聞こえる。
教室を抜ける風が心地いい。
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涼しいはずだ。標高686メートル。
東京スカイツリー(634メートル)より高い。
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ピアノは、ちゃんと音を奏でる。
ここは職員室。
閉校後、ピアノはよその教室からここに移設された。
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廊下にはオルガン。
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マリンバ。
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職員室の黒板。
閉校した3月の行事予定が書かれたままになっている。
閉校時の児童数は、3~6年生で計7人だった。
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チョークがひっそりと眠っていた。
このチョークで先生や児童が最後に書いたのは、どんな文字や図形なんだろう。
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ああ、もっと偉人伝を読んでいたら、おらはちゃんとしたオッサンになれただろうか。
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カレンダーも1999年4月のまま。
ああ、そうだ、おらはあの頃……いや、オッサンのしみったれた思い出話などやめておこう。
左横にあるのは、黒板消しクリーナーです。
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縄跳び、水道……。
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この表彰状と写真はすごいよ。
なんと、前回の東京五輪(1964年)で、分校から聖火ランナーを輩出した時のものだ。
ミソつきまくりの2020年東京五輪とは異なり、当時の東京五輪に寄せる日本人の期待や夢や希望は半端なかっただろう。
この少年はもちろん、家族や担任の先生にとっても、とてつもない栄誉だったと思う。
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学校には実に多くの貼り紙がある、ということに今回気づかされた。
驚いたのは、これ。
卒業生がどこに住んでいるか、が一目で分かる地図なのだ。
それも、明治44(1911)年以降の卒業生を、生家ごとに示した労作だ。
田舎ゆえ同じ姓が多いため、分かりやすく屋号も記されている。
その中に「猿畑」とか「猿屋鋪」といった屋号が散見される。
聞けば、実際に一帯には猿が生息し、今でも校舎の屋根に上っていたりするそうだ。
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ツキノワグマも出るぞ。
こちらは、数馬停留所の待合所に貼ってあった注意書き=つづく。
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by muffin-man | 2015-08-06 11:10 | おまけ

檜原(ひのはら)村  旧分校の夏・その1

児童が亡くなったわけではありません。
にっちょく、です。
ここ檜原村立檜原小学校数馬(かずま)分校では、16年前の1999年に閉校したまま時が止まっています。
東京都内です。
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最寄り駅は、JR五日市線の終点・武蔵五日市駅。
都心からだと遠いぞ。
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島を除くと都内では唯一の「村」へは、1時間に1本あるかないかの路線バスに乗る。
延々1時間も揺られ、ようやく目的地の数馬に着いた。
涼やかなせせらぎが聞こえる。
やがて多摩川に合流する北秋川がバス停の下の渓谷を流れているのだ。
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さあ、歩こう。
街道を少し下ると、入口があった。
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正式には「数馬分校記念館」という。
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鬱蒼とした坂を登っていく。
子供たちの通学路だったんだね。
都心より涼しくて、気持ちいい。ここでも川音が聞こえる。
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北秋川に流れ込む湧き水だ。
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着いた。
向こうにサッカーのゴールが見える。
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こんにちは、分校。
開校は明治7(1874)年。
この校舎に改築されたのは昭和34(1959)年だから、半世紀以上も前の建物なのだ。
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こちらは、校庭の隅から撮った1枚。
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鉄棒も滑り台も、閉校した当時のまま残されている。
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サッカーゴールの後ろの綱登り、すごい高さだね。
地元の人の手作りだそうだ。
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玄関からおじゃまします。
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下駄箱も、長靴も当時のまま。
長靴は近くで農作業学習の時に使ったそうだ。
ではでは、校舎の中をじっくりと見学させてもらいます=次回につづく。
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by muffin-man | 2015-08-04 22:25 | おまけ

千葉・勝浦  岬めぐり

写友とともに、久しぶりに勝浦を訪れる。
朝市。
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串焼きをパクつく写友たち。
おらは、カツオ串焼き300円をいただく。うまし。
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駅前のスナック。
海の街らしく「深海魚」だ。
「万上焼酎トライアングル」が懐かしい。
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「和風スナック 涼」。
どう見ても、フツーの民家だが……。
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遠見岬(とみさき)神社を詣でる。
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再び朝市会場。
朝飯、というか昼飯。
プーさんのぬいぐるみが目印の「居楽屋 奈美」に入る。
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奮発して1450円の定食をいただく。
うまくて失神しそうだった。
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銭湯。
2年前に訪れた時から、看板が新しくなっていた。
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勝浦駅の1つ隣、鵜原(うばら)駅で下車し、いよいよ岬めぐりスタート。
ホームで撮影中の写ガール。
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入り江には小さな漁港がいくつかある。
ガールにポーズを取ってもらった。
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こんな隧道(ずいどう=トンネル)も、たくさんある。
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といっても、個人的にはもう何度目かの岬めぐりなので、実は今回、大して撮ってない。
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かつうら海中公園の展望塔。
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リアス式の海岸線を下っていくと、こんな風景に出合える。
足もとには、もの凄い数のフナムシがザザザッと、まるで人影のように這いずり、ガールの悲鳴絶えず。
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途中は大幅に割愛。
夕飯は「ニュー福屋」にて勝浦タンタン麺630円と生ビール。うまし!
勝浦はタンタン麺の街でもある。
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ところで、店の若い女性と話していたら、彼女の学生の友人が毎日、勝浦から京王井の頭線・明大前まで通学しているという。
毎日、だよ。
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by muffin-man | 2015-05-24 10:50 | おまけ

千葉・市川  バラの香りにむせかえる

江戸川にほど近い里見公園。
バラが見ごろです。
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この日は京成線を柴又駅で下車し、柴又帝釈天をお参りしてから、江戸川に向かいました。
河川敷で缶ビールを飲みながらボーッとした後「矢切の渡し」で千葉側(松戸)に渡ったのでした。
この季節は何度も訪れている
5月は好いよ
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土手沿いに下ると、ここ里見公園。
園内はバラの香りで靄(もや)っていたよ。
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by muffin-man | 2015-05-24 09:24 | おまけ

千葉・館山  布良に遊ぶ

館山の布良(めら)を、JR 内房線と路線バスで訪れました=代休の30日(木)。
海よりまず温泉に、と向かったのが、ここ、安房自然村の「不老山 薬師温泉」。
洞窟が入口。いきなり旅心をかき立ててくれるね。
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ところどころに明かりがあるので、不自由ではないが、本当にこの奥に温泉があるのか?
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と思ったら、ここからは土足禁止。
靴を脱ぎ、貴重品などをロッカーに入れて、さらに行くと――、
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お、見えてきた。
向こうが、洞窟と接した建屋部分だ。
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到着。
洞窟から来ると、どこでも見かけるフツーの風景に、ちょっと面食らう。
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露天風呂がある。
先ほどの洞窟は天然のものではなく、1973年に掘削されたそうだ。
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タテ構図も。
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さあ、温泉の後は食事だ。
宴会場で食べるんだよ。
昭和の香り満点だね。
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注文したのは、くじら陶板焼き定食。
ステーキみたいで、すごいボリュームだった。
くじらを食べたのは久しぶりだ。
温泉と定食のセットで1,500円(それぞれ別の料金でも楽しめる)。
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実は洞窟ではなく、こちらの方から入った。
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この玄関は今は使われていないようだ。
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腹も満たされ、お肌もツルツルになったところで、近くの山の展望台に向かう。
途中、振り返ると「いやいやえん」に出てくるような森が。
ハクビシンに出合ったよ。地元の人によると、森にはイノシシもいるという。
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展望台。
よく晴れた日は、富士山が遠望できるそうだが、残念。
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が、午後から青空が広がってきた。
阿由戸(あゆど)の浜。
このあたりは、3年前にも自転車で来た(珍しく動画付き)
青木繁が明治37(1904)年、ここを舞台に「海の幸」を描いたこともで知られ、浜を望む丘には記念碑もあり、彼が滞在した漁師頭の民家も残されている。
館山は洲崎も好いが、布良も好い。
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by muffin-man | 2015-05-01 11:39 | おまけ

ウイスキーボンボンな夜

バレンタインでいただきました、ウイスキーボンボン。
ウイスキーボンボンって、すごく久しぶりに食べます。 おいしかった。
ところで「ボンボン」って、一体何でしょうね。 そもそも、何語なのか。
大昔は「喫茶ボンボン」とか「スナック・ボンボン」など、店の名前にも使われていたね。
「ボン」だけもあった。 「バーバー・ボン」(床屋)とか。
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by muffin-man | 2015-02-09 10:27 | おまけ