中野/隼町  昭和冬景色

予報では、今夜から東京でも雪が降るそうですが、ここ中野の実家近くではご覧の通り、すっかり降り積もり、こ汚いガキどもがハシャギまくってました。
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と言うのはもちろんウソで、昭和38 (1963) 年2月に父が撮影。
耳当て付きの妙ちくりんな帽子をかぶっている右端の小僧がおいらです。 こんな嬉しいことはない!って顔しちゃってるよ。
あの頃、東京で作る雪だるまは、どれも泥まみれでした。
でも、そんなことは、お構いなし。 子供たちは朝早くから雪の街に飛び出していったものです。
東京五輪は、この翌年開催されました。
当時の東京は、まだ完全にはアスファルトで塗り固められてはいなかったのですね。

お次は、昭和30 (1955) 年。
父によると、内堀通り (隼町) で撮影。 都電の向こうに見えるカマボコ型の建物は米軍の施設だそうです。
だとすると、ここには現在、国立劇場や最高裁などが建ち並んでいます。
c0080357_1055031.jpg

2枚とも当時のスライドをDPE店でjpgファイル化しました。 1枚目はほんの少し加工しましたが、2枚目は手を加えてません (もともとモノクロだったのが、セピア色に退色)。
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by muffin-man | 2008-01-20 11:05 | おまけ | Comments(40)
Commented by nen_randir at 2008-01-20 13:10
こんにちは!
たとえ色あせても思い出の詰まった写真ですね(^^♪
1枚目、まだ雪が降ってるみたいですね!楽しそう~
2枚目もモノクロでしょうか?
不思議な色合いで飽きずに眺めちゃいました。
Commented by rrb at 2008-01-20 13:42 x
こんにちはm(..)m

いいですねぇ! こういうのとてもいい!
マフィンマンさんのお写真の感性はお父様ゆずりなのですね。
なんとなく撮り方が似ているような気がします(^^)
Commented by lucca-truth at 2008-01-20 13:46
こんにちわ
雪の日の写真楽しそうですね。
半纏の帽子にマフラーでフル装備ですね。
昭和30年の内堀通り、車も建物も少なく珍しく拝見しました。
都電が懐かしいです。
Commented by iza-nagi at 2008-01-20 19:00
懐かしいですね!
平屋の作りが、本当に昭和な・・・・
矢張り、雪とかふると嬉しくなるんですよね。
まだ東京も、静かなところもいっぱいあった時代ですね。
二枚目の、内堀通りの写真が今では珍しい風景ばかりです
車も都電も建物も、今ではもうすっかり見かけないような・・・・・
とくに、米軍の施設なんかは変ってますね・・・・道行く車も、
古くて良いデザインしてますね。
Commented by てきぱきまむ at 2008-01-20 19:25 x
レトロで昭和って感じですネ~
子供達の楽しそうな笑顔に癒されます。
三丁目の夕日やぁ
Commented by aoi_color at 2008-01-20 19:58
1枚目は当時の子どもの服装を知る上で興味深いです。
「雪だるまの顔」は木炭でしょうか?
2枚目の議事堂と都電の写真貴重ですね。
セピア色に近いカラーが時代を感じます。
1955年ですと鳩山一郎(内閣総理大臣)の時代ですね。
追伸:「赤線跡を歩く 完結編(三部作)」で「ぼく東綺譚」を歩くが12ぺージの巻頭特集で載っていました。
Commented by 御疲山 at 2008-01-20 21:45 x
鼻がつーんとしてまいりました。うらやましくも懐かしい東京ですね。

雪ではしゃいでいる子供達の屈託の無い笑顔が心に響いてしょうがありません。
Commented by ばば at 2008-01-20 21:48 x
すごく、心が温かくなりました。
良いですね~この写真!!
このような写真を残されていること、羨ましいです。
Commented by マフィンマン at 2008-01-20 21:55 x
nen_randirさん
2枚とも、もともとモノクロなのです。
でも、2枚目はセピア色に退色してしまいました。
フォトショップで加工しようかな、とも思いましたが、「これはこれで味がある」と思い、そのままにしました。
自然なセピア色って、好いもんですね。見直しました。
Commented by マフィンマン at 2008-01-20 21:56 x
rrbさん
当然のことながら家族の写真はいっぱいあるのですが、残念ながら、街撮り写真はあまりないんですよ。
でも、1枚目を見てて思ったのですが、同じ家族写真でも、まわりの環境や風景を入れ込むと、確実に「時代」が出ますね。
まあ、このいかにも昭和30年代っぽい服装なら、風景を入れ込まなくても「時代」が出てますが(笑)。
おいらは、どうしても、「時代」が写っているかどうか、にこだわってしまいます。
Commented by マフィンマン at 2008-01-20 21:56 x
lucca-truthさん
半纏に帽子に手袋――ホント、完全装備ですね。もうモコモコ。
この時代、子供の服はみんな母親が作ってくれたんですよね。母はいつもミシンを踏んでいたように記憶してます(足でバタバタ踏むミシンです)。
昭和30年というと(当たり前ですが)敗戦からまだ10年しか経ってないんですよね。
まだまだ幼い東京でしたね。
Commented by マフィンマン at 2008-01-20 21:57 x
iza-nagiさん
東京で生まれ育ったせいか、18歳で札幌に単身移り住んだときに見た雪は、「雪ってのは、こんなに白いのか~」と驚いたものです。
また、雪の結晶をこの目で見たときも感動しました。
でも、江戸時代の図絵を見ると、さすがに美しい風景ですよね。
ひょっとしたら、都市化が始まり、進んでいった昭和30~50年代の東京が最も「雪の似合わない街」だったのかもしれませんね。
Commented by マフィンマン at 2008-01-20 21:57 x
てきぱきまむさん
最近の子供は、雪が降っても、ここまで嬉しそうな顔にならないのではないか、と思いますが、どうでしょうか。
クルマが通れない路地などが減り、安全な街でなくなったからでしょうか。
「三丁目の夕日」、正も続も観ました。
あらゆるシーンで泣いてしまいました。
Commented by マフィンマン at 2008-01-20 21:57 x
aoi_colorさん
雪だるまの目――んん~、これは木炭だったのかどうか、今となっては不明です。
我が家では当時、木炭は使ってなかったように記憶してます。風呂も薪でしたし。
ただ、燃料店では木炭は売ってましたよ(銀座の昭和30~40年代の写真を見ても、燃料店で木炭を売ってました)。
「赤線跡を歩く」で「濹東綺譚を歩く」ですか。荷風が歩いた陋巷は戦災で焼亡した筈ですが、どのへんを切り取っているのでしょうか。今度、立ち読みしてみます。
Commented by korotyan27 at 2008-01-20 21:58
こんばんは、普通の日常光景を撮っておくと時を経るごとにかけがえのないものに変わっていくのですね。
うちの実家もこのような板塀の民家だったのでなんだか懐かしいです。
写真好きもお父様からちゃんと引き継がれているようですね。
(もしかしたら都電好きもでしょうか。)

Commented by マフィンマン at 2008-01-20 22:08 x
御疲山さん
カミさんに1枚目の写真を見せたら、
「きったない雪だるま!」
と、呆れてました。カミさんは、北海道出身なのです……。
この写真は、2年ほど前に父が喜寿を迎えたお祝いに、昔の写真をデジタルデータ化してミニアルバムを作った際に“発掘”された写真です。
Commented by マフィンマン at 2008-01-20 22:08 x
ばばさん
写真ってのは器材なんてあまり関係ないんですね。腕や技術でもない。
ちょっとキザな言い方になってしまいますが、シャッターを押す時に込めた「力」とか「心」じゃないか、と。
あと、いかに楽しんで写すか。
父は写真が特段上手いというわけではなく、この2枚は出来すぎです。
Commented by マフィンマン at 2008-01-20 22:13 x
korotyan27さん
「都電好きのDNA」……だとよかったのですが、残念ながら、父は都電の写真はあまり撮ってないようです。
たいていは家族写真ばかりで、街撮りはほとんどありません。
今となっては、もっと東京の街をいたるところで撮っておいてほしかった!と思います(特に東京五輪前の)。
それにしても、昔の都電は見るからに重厚でしたよね。
Commented by 太郎 at 2008-01-20 22:23 x
ほのぼのとした写真です!
なんといっても子供たちの
笑顔がいいですねえ。
マフィンマンさんも思いっきり
笑ってますね^^
私もマフィンマンさんと同世代ですが
当時のカメラは月給より高い
値段だったと父が言ってたのを
思い出しました。
Commented by @テツ at 2008-01-20 22:48 x
この頃の子供って生き生きした表情してたんですねぇー!
二枚目は最初、「昭和30年なのにカラー!?」って思いました。
空、青いですよ!
ワタシは昭和33年まで東京にいたことがあるのですが
雪の記憶は残念ながらありません。

今日の夕方堀切周辺を巡った帰りに
亀屋の前を通ったのですがシャッター降りてました
まだ4時じゃ当たり前か
今度は宵闇の時分に押しかけて見ましょう
Commented by マフィンマン at 2008-01-20 22:59 x
太郎さん
>当時のカメラは月給より高い
そうなんですか!!
でも、ウチの父は趣味人でもないので、当時あまたあった中小・無名メーカーの安カメラで撮っていたのだと思います。
こういう写真を実家で“発掘”するにつけ、「何でも撮っておくべきだな」と思います。
家族写真はもちろんですが、ただの街撮りも後年、貴重な?記録になるんだな、と思わざるを得ません。
Commented by マフィンマン at 2008-01-20 23:07 x
@テツさん
ひいき目かも知れませんが、確かに、昭和30~40年代半ばの子供って、好い表情をしているように思います。屈託がないですよね。
やっぱり、日本そのものがまだまだ“育ち盛り”だった、ということと関係しているのでしょうか。
2枚目は、「時間」のなせるワザですね。長~い時間をかけて、いい色に変色しました。
あ、それと、「亀屋」は、日曜定休です(土曜は開いてます)。
ぜひ行ってみて下さい。初めてでも全然気安いですよ。
Commented by nobulinn at 2008-01-21 07:50
おはようございます。
わ~、なんだか昭和の写真集の中で見た光景です!
とてもあったかくて、すてきです。
マフィンマンさん、とびきりの笑顔です!
昭和30年の都電の風景も、拝見できて、うれしいです。
米軍施設があったんですね、今より街もずっとがらんとしてますね。
shaou
Commented by jitensya7 at 2008-01-21 10:41
懐かしい昭和の風景ですね。まさに昭和は遠くなりにけりです。昭和38年といえばボクは富山に住んでいていまだに語りぐさになっているサンパチ豪雪の年でした。富山市内で2mの雪が積もり、うちの犬は積もった雪を伝って屋根にあがって、てっぺんから道を通る人に吠えていました。いまは温暖化で50cm積もることも少ないようです。
Commented by k0ge at 2008-01-21 14:46
マフィンマンさん、サイコーです。
こんな素敵なお写真を残されたお父様はエラい方です。
この写真のおかげで今日は楽しい気分でいられそうです(^_^
>「何でも撮っておくべきだな」
は、まったく同感です。
Commented by まーさ♪ at 2008-01-21 18:22 x
今まで若い子に金払ってたけどアレだな、人妻相手のほうがぶっちゃけ気持ちよかったよw
http://natuiro.net/md/uib8w40
テク凄いし、全部やってくれるから楽でいいわ
しかも金かからん・・・・・・ってか、こっちが貰っちゃってるしww
Commented by haru-155 at 2008-01-21 22:32
今晩は!良いお写真ですね~!お父様も心から写真を撮ることがお好きだったんだな~・・そしてそれをマフィンマンさんも引き継がれておいでなんだな!って思いました♪

まさしく三丁目の夕日を思い浮かべますね!あのテーマソングが流れてくるような(笑)最近小さな子をあんまり身近で見ないせいかな~・・こんなに顔一杯笑っている子供達って見たことがないような気がします!雪だるまを傍らに、、子供達にとってものびのびした良い時代だったんでしょうね♪
Commented by 水魚 at 2008-01-21 23:04 x
昭和30年の都電の写真懐かしいですね。
私が中学一年の時代でした。
ゆっくりと車の間を都電が走っているのが、いい時代でした。
Commented by miko at 2008-01-22 23:17 x
やほ、この前のサイト凄く良かった。
また色々教えてね!

http://miko.zz.tc/komikomi/gs9mvtv.html
Commented by neon at 2008-01-23 09:39 x
いや~ほんとうれしくて仕方ないお顔ですね!(面影あるある~)
この年にワタシは生まれました~。
この4~5年後にも東京大雪の年がありませんでしたっけ?その時の写真はうちにも残っています。
Commented by グリーナー at 2008-01-23 20:00 x
ぶっちゃけダメ元のつもりだったのにww
気づいたらいつの間にか卒業してたよ。
http://dtjapan.net/mp/qbcyiko.html
これでやっと飲み会で妄想話さなくて済むwwwってか、卒業すると自信付くね、普通に。
Commented by マフィンマン at 2008-01-23 22:53 x
nobulinnさん
昔の写真を好いなあ、と思うのは、二度と撮影できないからではないでしょうか。
ということは、現代の写真だって、いつかは「好い写真だなあ」と思える日もくるかもです。
それにしても、この頃の都電は、今のスマートでピカピカの都電に比べて、無骨で男っぽいですね。
おいらも、こんな写真を撮ってみたかったですよ。
Commented by マフィンマン at 2008-01-23 22:53 x
jitensya7さん
小学生の時の教科書に出てきた日本海側の冬の風景は、確かに、人々が住宅の2階から出入りしたり、道路の真ん中に設置された散水機(何という名前でしたっけ?)が雪を溶かしている光景など、完全に「日本海側=豪雪地帯」と言うイメージでした。
温暖化と言えば、20年以上前に住んでいた北海道・稚内も、おいらが住んでいた当時は流氷がやってきたのですが、その後は全く流れてこなくなってしまったそうです。
江戸時代は、江戸市中の川も凍ったそうですよ。
Commented by マフィンマン at 2008-01-23 22:53 x
k0geさん
昔の東京の子供たちは、たとえ泥だけだろうが雪だるまを作ってはハシャギッ放しでした。
朝から雪が降ろうものなら大興奮で、学校行っても落ち着かず、下校してからも降り続いて欲しいと空を見上げては祈ってたものです。
今日ようやく降りましたが、雪だるまを作るには少なすぎましたね。
北海道にも住んだことがありますが、屋内に限れば、東京の方が圧倒的に寒いですよ。
Commented by マフィンマン at 2008-01-23 22:54 x
haru-155さん
泥だらけの雪だるまでこんなに大喜びのおいらって、分かりやすいですよね。
と言うか、大変安上がりに出来ていて親孝行だな、と(笑)。
でも、ところ変われば何とやらで、同じ子供時代の写真でも、北海道出身のカミさんが写っている冬の写真というと、スキーなんぞを楽しんでいる写真だったりするんですよ。
当然、純白の雪。
屋外の天然の氷上をスケートで滑っている写真もあったりして、冬の光景でもずいぶん違います。
Commented by マフィンマン at 2008-01-23 22:54 x
水魚さん
昭和30~40年代の都電というと、もう記憶の片隅にしかありません。
父に連れられていたと思うのですが、半蔵門のあたりの緩やかな上り坂をガタゴト走る都電に乗りました。
なぜ覚えているかと言うと、桜が満開の季節だったからです。
まるで桜の森を走っているようで(実際にはそんなことはなかったと思いますが)、今思っても夢を見ているようでした(いや、ひょっとしたら、本当に夢だったのかもしれません。記憶は作られますからね)。
Commented by マフィンマン at 2008-01-23 22:54 x
neonさん
この4、5年後というと昭和40年代前半ですね。
うんうん、正確に特定できませんが、確かに大雪の冬がありましたよ。
実家に写真も残ってます。その時の写真は、すでにカラーです。
おいらは写ってませんが、父が大きくなった妹を抱っこしている写真です。
やっぱり、家族の写真ってのは好いですね。
Commented by bbs-take at 2008-01-25 14:20
見ていると、なんだか自分でも撮ってみたい!
と思ってしまいますね。
カメラ買います!今決めました(爆)
Commented by マフィンマン at 2008-01-26 15:09 x
bbs-takeさん
>カメラ買います!今決めました(爆)
おいらは昨年末、ペンタックスK10D(ボディのみ)を8万2,000円で買い、メーン機にしてます。
ところが、その直後からペンタの新機種が発売されるらしい、とのウワサが駆けめぐり、K10Dはどんどん値下がり。
今や、6万円台まであと一息のところまで下がりました。
トホホです。
Commented at 2008-02-04 12:02 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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