日本橋中洲  梅毒の注射を打ちに行く

さあ、雨も上がった。 このところ遊びすぎたから、1本キュッと打ってもらいに行くか。

おいらのことではありません。 例によって、荷風先生です。
隅田川べりのここ日本橋中洲には、先生の主治医の病院がありました。
『 断腸亭日乗 』(だんちょうていにちじょう) の昭和4 (1929) 年2月11日付で、次のように書いています。

『 午前、中洲に往く。 脚気及び梅毒の注射をなす 』
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永井荷風ファンの10人に8人は、作中の街を訪ねたくなります。
おいらもその一人なのですが、たいがいは失望します。
『 作品の舞台は戦前だもん。 残ってるわけがない 』 と分かっていても、現地を訪れ、やはり軽く失望してしまいます (バカだね)。

その代表例は、『 墨東奇譚 』 で描かれた玉ノ井 (現・東向島) でしょうが、ここ日本橋中洲もその一つです。
先生は、この街から眺めた隅田川の風景を実に味わい深く描いていますが、もはや、そんな情趣など欠けらもありません。
マンションが屹立し、真後ろには首都高速と箱崎シティエアターミナルが控えています。

昔の玉ノ井を知る人は地元にいますし、現に私も知り合いになることが出来ました。
でも、昔の日本橋中洲を知る地元の人は、果たして今も健在なのか、はなはだ怪しいと思われます。
『 失われた荷風の東京 』 の“失われ度”が最も高い街と言えます。

写真で風になびいているのは、ヨシの一種 (植栽された外来種ですが)。
日本橋中洲は、江戸時代からの埋め立て地です。
川べりにはかつてヨシが群生していたに違いない、と決めつけ、せめて当時を忍ぶよすがとして撮ってみました。

ヨシと言えば、かつての芸者街・葭町 (よしちょう、現・日本橋人形町) は、ここから目と鼻の先です。
葭町はその昔、やはりヨシが群生していたことから、そう呼ばれたそうです。
先生の代表作の一つ 『 すみだ川 』 の舞台となり、路地が活き活きと描かれています。
美しく描かれた路地を美しく撮るべく、ただ今、入念にロケハン中です。

なお、写真の向こうに見えるのは、隅田川に架かる清洲橋で、完成は昭和3 (1928) 年。
前年の 『 断腸亭日乗 』 昭和2 (1927) 年4月4日付では、工事の進捗状況に触れています。

『 正午、中洲河岸より深川清住町に渡るべき鉄橋の工事、半ば成れるを見る 』
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by muffin-man | 2007-07-22 12:30 | 日本橋/人形町 | Comments(14)
Commented by rrb at 2007-07-22 15:18 x
こんにちはm(..)m

脚気はともなく、梅毒もですか!
さすが日本男児という感じですね。
こういう豪快さは現世ではありませんね。
こんな話で盛り上がりすぎたら、
セクハラが成立しちゃう世の中になってしまいましたから…(>.<)

それにしてもいい描写です。
背景のボケ具合もバッチリですね。
レンズは90mmくらいかなぁ…F(--;
Commented by 太郎 at 2007-07-22 17:19 x
こんにちは。
ここが主治医の大石先生の例の
病院のあったところですね!
脚気だけでなく梅毒ですか!? ^^
Commented by lucca-truth at 2007-07-22 17:21
こんにちわ
もうススキですか、でも風情があって背景のブルーの橋がいいですね。
荷風先生梅毒の注射ですか?
Commented by haru-155 at 2007-07-22 20:05
こんにちは!オオ、、ススキですか~!夏の始まりに秋を感じますね♪荷風先生そうなんだ~!実はもう前に購入した本を読もうかな~と思ってるんですが読み出すとはまっちゃいそうで(笑)ちょうどこの作品のように淡い素敵で日本的な挿絵がついているんですよね~!

富岡製糸工場で、亡くなった女工さんも多いと聞いて「結核」かな~?!と思ったらほとんどが「脚気」だったそうです!当時の国民病かな~・・

↓の看板XP板でも盛り上がりましたね♪懐かしいです(^^)
Commented by Rambler5439 at 2007-07-22 20:51 x
かつては宿痾と怖れられていた梅毒も、ここのところすっかり影が薄くなってしまったのか、性病科という診療科目の看板を見かけなくなったような気がします。"淋しい病気"とか言っても、今の若い人たちにはもう通じないのでしょうか。
いい雰囲気の1枚ですね。久しぶりに東京湾が見たくなりました。
Commented by nobulinn at 2007-07-22 21:41
好きな風景です。
後ろにぼんやり見えるビルが東京らしいですね。
橋の青さも、美しいです。
Commented by マフィンマン at 2007-07-22 23:52 x
rrbさん
独り身の荷風先生は、「オレは人妻にも処女にも手を出さん。避妊も完璧だ」というようなことを堂々と日記に書き残しています。
「オレに子供が出来ても、オレの血から察するに、ろくな大人にならん」てなことも。
ある意味、この“潔さ”に惹かれるファンは多いのです。
なお、レンズは、いつものタムロンマクロ90ミリです(PLフィルタ、三脚使用)。
Commented by マフィンマン at 2007-07-22 23:52 x
太郎さん
大石先生のもとに荷風先生が通っていたころの風景は何一つありません。
マンションだらけで、少々疲れました。
荷風先生は健康面では極めて臆病で、性病はおろか、井戸水も嫌っていたほどです。
Commented by マフィンマン at 2007-07-22 23:53 x
lucca-truthさん
あ、これはススキに似ているのですが、白銀葭(シロガネヨシ)というヨシの一種です。
南米原産ですが、明治時代には日本に入ってきました。
確かTDLでも見ました。確かにススキに似ているんですよね。
Commented by マフィンマン at 2007-07-22 23:53 x
haru-155さん
荷風先生の小説に出てくる挿絵も素晴らしいですよ。
と言うか、明治・大正期の小説は挿絵もちゃんと入っているのが多く、楽しめます。
それにしても、脚気で死ぬんですか。人間は色んな病気を克服してきたんですね。
Commented by マフィンマン at 2007-07-22 23:53 x
Rambler5439さん
ぎゃはは、「淋しい病気」って言ってましたね。梅毒は、「梅ちゃん」と称してました。
今から考えれば、実にのどかで牧歌的ですよね。
もっと本質的に恐ろしい病気が発見されてから、その手の笑える話は一掃されましたよね。
Commented by マフィンマン at 2007-07-22 23:54 x
nobulinnさん
この橋(清洲橋)は昭和初期に建てられ、戦禍も免れました。
今回は深川方面から渡りましたが、なかなか好い案配の橋ですよ。
隅田川に架かる橋では、厩橋が一番好きです。
Commented by 中州 at 2009-03-12 15:32 x
綺麗なところですね
Commented by マフィンマン at 2009-04-06 00:06 x
中州さん
ありがとうございます。
大昔はこの界隈に病院があったのです。
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