六本木  荷風先生の旧居跡を訪ねる

ヤボ用で近くに来たのをこれ幸いと、永井荷風がかつて住み暮らした 『 偏奇館 』(ぺんきかん)跡を訪ねました=18日(日)。
六本木1丁目駅を降りると、目の前に、『 泉ガーデン 』(45階建て)がそびえています。
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おっと、路上の公共案内図に偏奇館跡 (左下) も載ってます。
こりゃあ、迷わず行けそうだ。
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東京大空襲で偏奇館は焼亡しましたが、道源寺 (写真・左) は残りました。
荷風は当夜、この坂(道源寺坂)を下り、避難しました。
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案内図通りに来たけど、外資の看板じゃん!
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――その数メートル先に碑がありました。
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偏奇館は崖の上にあったそうです。 荷風は眼下の眺望を愛し、1917~59年の日記 『 断腸亭日乗 』 に窓から見たスケッチまで添えています。
この界隈の風景について川本三郎は、著書 『 荷風と東京 「断腸亭日乗」私註 』 の中で、
「いまでもアークヒルズの隣接地とは思えないような古き良き、静かな町である。(中略)細く、曲がりくねった道が、車が入ってくるのを拒んでいる」
と書いています。
でも、これは1996年時点の話。 2002年に泉ガーデンが竣工して風景は一変、崖は高層ビルの谷間に埋め込まれてしまいました。
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by muffin-man | 2007-03-18 21:56 | 六本木/麻布 | Comments(12)
Commented by rrb at 2007-03-19 10:49 x
おはようございますm(..)m

3枚めと5枚めがステキ!
今と昔が混在している雰囲気がなんともいえません。
開発ばかりではなく、文化人遺跡を大切にする、
そんな粋な計らいを垣間見た雰囲気になりました(^^)
Commented by lucca-truth at 2007-03-19 16:52
こんにちわ
3枚目道源寺の木造の門にビル、
坂道を行く親子連れ、素敵な写真ですね。
今は○○跡の碑もビルに埋もれてしまいそうですね。
Commented by haru-155 at 2007-03-19 20:08
今晩は!お話しを伺うと、そう遠くない昔は、クラシックな永井荷風さんがおられた頃の面影を残した雰囲気のある場所だったようですね!

今はどう見ても、、自分の知ってるような東京の表の顔のような気がします!変貌恐るべし・・・

2枚目のお寺さんの佇まいと子ども連れが、温かい空気をかもしだしていますね!4枚目の続きが気になる切り取り方と柔らかな背景のボケいいですね(^o^)
Commented by 太郎 at 2007-03-19 21:59 x
ビルに囲まれたところにも木造の門や建物
木々の緑を見るとホッとします。
再開発とやらで、都内は年々変貌が続いてるんですね。
荷風先生、都会のど真ん中、当時は静かな街に住んでたんですね。
Commented by jitensya7 at 2007-03-19 22:15
東京はどんどん変貌していますね。墨東地区は荷風先生の見た雰囲気が多少は残っているかも知れませんが、ここが変わるのも時間の問題ですね。
Commented by マフィンマン at 2007-03-20 07:46 x
rrbさん
今回の写真を撮るに際して、明治40年当時の地図と現代の地図を参照したのですが、この道源寺の位置は基本的に変わっていませんでした。こういう文学散歩をする場合、寺社がランドマークになるものなのだな、と思いました。とりわけ東京では有効です。
Commented by マフィンマン at 2007-03-20 07:47 x
lucca-truthさん
荷風旧居跡の碑は、完全に近代ビルの谷間に埋もれていました。この碑は、以前からあったらしいのですが、2002年の再開発に伴い、新調・設置されたそうです。坂道が多いので高低差は感じますが、一帯がかつて崖だったなんて、とても想像できません。
Commented by マフィンマン at 2007-03-20 07:47 x
haru-155さん
そうなんですよ。わずか10年余り前は、まだ「崖」のイメージを残し、深閑としていたようです。テレビ朝日が入居する六本木アークヒルズの裏手(写真の界隈のほぼ隣)も20年近く前は“田舎”で、赤瀬川源平の旧著「トマソン」に詳しいですよ。
Commented by マフィンマン at 2007-03-20 07:47 x
太郎さん
私娼窟や路地が大好きだった荷風先生で、一度はそう言う街に住んでみたものの、騒音がひどくて、この静かな崖の街に引っ越してきました。路地裏が好きだけど、住む場所じゃない――彼の陋巷(ろうこう)好きが後年、「ただの高みの見物」と揶揄される由縁です。
Commented by マフィンマン at 2007-03-20 07:47 x
jitensya7さん
この街はあと50年は変わらないと思います。それほど再開発され尽くし、もう変わっていく余地はない――と、ちょっと歩いて思いました。ここからさらに坂を上るとスペイン大使館などがありますが、あそこは全然変わってないそうです。
Commented by neon at 2007-03-20 23:17 x
荷風はスケッチ風のさらっと描いた画が、なんとも巧くてびっくりしますよね。しかし偏奇館跡はこれですか。。。想像力を働かせても、これじゃあ、ねえ。。。
Commented by マフィンマン at 2007-03-21 06:42 x
neonさん
ご無沙汰してました。
泉ガーデンは、「住友村」なので、近くにはグループの記念館などもあるのですが、荷風旧居跡を偲ばせるのは、この碑だけでした。荷風のメーンバンクが三菱銀行ということを考えると、まあ、こんなもん?
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