銀座  電話は京橋、住所は木挽町→銀座東→銀座

銀座2丁目の畳屋さんです。
写真を撮らせてもらおうと、郵便受けのインタホンを何度か押し、待つこと数分。
ようやく出てきたのは、80歳は超えてそうなおじいさん。 昼寝中だったようで、眠そうにしていました。
お休みのところ、下らない用事で起こしてしまい、ごめんなさい。
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銀座東――大昔からある町名に思えるが、実はちょっと違う。
調べてみると、この町名の誕生は1951(昭和26)年。 それまでは、『 木挽町 』 だった。
ところが1969(昭和44)年には、現在の『 銀座 』に改称された。 つまり、『 銀座東 』 は、18年間しか存在しなかった町名というわけ。
もちろん、東京の復興から繁栄までを見届けてきたことに変わりはない。

町名の変遷は、銀座東に限ったことではない。
よく知られるのは、銀座4丁目の交差点。 昔は、『 尾張町の交差点 』 だった。
それどころか、銀座生まれの年寄りは、いまだに 『 尾張町の十字路 』 と呼んでたりする。 カッチョいいねえ。
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by muffin-man | 2006-11-29 21:32 | 銀座/有楽町/日比谷/京橋 | Comments(22)
Commented by lucca-truth at 2006-11-29 21:47
こんばんわ
銀座に畳屋さんがあったことも驚きですが、
とんでもなく古そうな電話番号ですね。
記憶にある番号はすでに、局番が3桁だったような気がします。
建物も拝見したいですね。
Commented by igu-kun at 2006-11-29 22:26
銀座にもこんな古い表示板が残されていましたか。いいですね!
場所柄、どこか上品な佇まいに見えます。
Commented by jitensya7 at 2006-11-29 22:31
これはボクが先月秩父錦の看板のある居酒屋を撮った近所の畳屋でしょうか。こんなものがあるとは気がつきませんでした。戦前のものでしょうか、そうだとすればこの辺は空襲をまぬがれたのですね。
Commented by マフィンマン at 2006-11-29 22:40 x
lucca-truthさん
建物全体は撮ってないんです。ごめんなさい。
でも以前、平日に通りかかった時は、ガラス戸も全開で、職人さんらしき人たちが数人いたので、商売はしているようです(その時は、肝心のカメラを持ってませんでした)。
Commented by マフィンマン at 2006-11-29 22:44 x
igu-kunさん
銀座は銀座。まさに 『東京の中の東京』ですね。そのド真ん中に80過ぎの?おじいちゃんがちゃんと暮らしているってのが、いいですよね。本当は、おじいちゃんの顔を見た時、おじいちゃんの顔こそ撮りたい!と思いましたが、眠そうにしていたので、遠慮しました。
Commented by マフィンマン at 2006-11-29 22:47 x
jitensya7 さん
実はおいらも、畳屋さんを撮影後、 『そう言えば、jitensya7 さんのブログによると、近くに古い酒屋があったはず』と思い、探したのですが、見つかりませんでした。 それにしても、銀座はやっぱり侮れませんね。
Commented by Rambler5439 at 2006-11-29 23:30 x
おじいちゃんが目撃してきたこの60年を、じっくり伺いたいものです。政治家たちのヨタ話なんかより、よっぽど面白くてためになるオーラル・ヒストリーが構成できるのではないでしょうか。
ところでこのオイル缶、けっこう洒落てます。神保町の職人さんの所でもシブい色使いのドラム缶を見かけたことがあります。"江戸っ子の粋"っていうと、よくベタな懐古趣味が取り上げられますが、本当はこういう美意識をさす言葉なのかもしれませんね。
Commented by B-dog06 at 2006-11-30 02:14
はじめまして、B-dog06(B dog)と申します。
ペンタックスデジカメ掲示板でおでんの写真を見て以来お邪魔させて頂いています。
10日ほど前に私もブログを立ち上げ、勝手ですみませんがリンクを張らさせて頂きました。

マフィンマンさんのお名前、マザーグースか何かかなぁと思っていましたが、ブログの表題を見て理解しました。
となると聞きたくなり、夜中にCDをあさってみましたがワン・サイズ・フィッツ・オールしか持っていませんでした。ボンゴ・フューリー他もあったと思ったのですが…レコードは物置でカビていると思われるのであきらめました。
話がずれましたが粗忽者の私ですがヨロシクお願いします。

Commented by マフィンマン at 2006-11-30 06:43 x
Rambler5439さん
>このオイル缶、けっこう洒落てます
おいらは最初見た時、漬け物用の樽かと思いました。それにしても、直ぐ近くではクリスマスの喧噪がかまびすしいのに、この一帯はひっそり閑として、実に穏やかな時間が流れていましたよ。
Commented by マフィンマン at 2006-11-30 06:47 x
B-dog06さん
ようこそお出で下さいました。おいらは、ザッパ大先生の作品タイトル(邦題も含めて)を参考にしながらブログ記事の見出しをつけることがよくあります。 『ワン・サイズ・フィッツ・オール』 なんて、小ばかにしててカッチョいいですよね(若い頃、米国直輸入のTシャツを買って初めて、その意味を知りましたが)。これからもよろしくお願いします。
Commented by rrb at 2006-11-30 09:48 x
おはようございますm(..)m

電話、住所…いったいいつの時代のものなんでしょう? 俄然興味が…。
畳屋さんのイグサの匂いは好きです。
近くにもあるので、前を通るのワクワクします。
けれど、一度も撮らしてもらってない(>.<)
今度お願いしてみよう…っと(^^)
Commented by henronin at 2006-11-30 18:16
郵便受けも何か味がある感じ正面も見たいと思いました、おじいさんの顔も是非拝見したい物です、お話もね。
Commented by neon at 2006-11-30 20:40 x
好いですね~。素敵だ~。何となく品格がありますね。
別件ですが、今日勝ち鬨行ってきました。ほんとにもう最後なんですね。
Commented by nobulinn at 2006-11-30 20:48
こんばんは。
銀座にこんな昔を偲ばせる表示が残っていたなんて、感激ですね。
電話番号のシンプルさに驚きました!
Commented by aoi_color at 2006-11-30 20:59
畳屋さんはいつ頃からここでご商売をしているのでしょうか?
紫紺のホーロー板から浮かぶ『七』が私を呼んでいる気がします。
見つけに行かなくちゃ!
黒い電話番号のホーロー板は lucca-truthさんの「川越編」でも見ましたが、銀座では珍しいでしょうね。郵便受けも年季物のようです
Commented by マフィンマン at 2006-11-30 22:20 x
rrbさん
電話のほうは分かりませんが、住居表示は、この町名の歴史と旧漢字・右書きから推察するに昭和20年代後半ではないでしょうか。あるいは、木挽町から町名が代わると同時に、つまり昭和26年に掲示した――とか?
Commented by マフィンマン at 2006-11-30 22:21 x
遍路人さん
すいません、建物全体の写真は撮ってないのです。おじいさんには色々お願いしたいなあ、と思ったのですが、何せ眠そうにしていたので、とても言い出せませんでした。
Commented by マフィンマン at 2006-11-30 22:23 x
neonさん
こういうホーロー板を残しておくということは、よほど銀座に誇りを持っているんだなあ、と思いました。銀座に限らず、我が町に誇りを持てる、ということはとても羨ましいです。
Commented by マフィンマン at 2006-11-30 22:26 x
のぶりんさん
おいらも昔の電話のことはよく分かりませんが、当時は、最初に電話局を呼び出したんですよね。で、交換手が出たら、口頭で相手の番号を伝えるんじゃなかったでしたっけ? 考えてみたら、今の携帯よりずっと手間要らずですね。
Commented by マフィンマン at 2006-11-30 22:30 x
あおいさん
黒い電話番号のホーロー板って、そう言えば、あまり見かけませんね。色によって、電話局のサービスが違ったのでしょうかね。黒は予想外割、紺はラブ定額とか……。
Commented by 風俗散歩 at 2006-12-01 07:49 x
これは大発見じゃないですか。銀座のど真ん中にこんなプレートが現存するとは知りませんでした。
中央区の区の字がいいですね。
Commented by マフィンマン at 2006-12-01 22:25 x
風俗散歩さん
そう仰っていただくと嬉しいですが、どうでしょう。この店全体が昭和そのものなので、たぶん、とっくに何人も撮っており、撮影しているうちにこのプレートを発見したことと思います。もちろん、おいら自身、発見した時は興奮しましたが。
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