新大久保  歌舞伎町に続く路地

大久保通りと職安通りに挟まれた、西武新宿線沿いの路地(百人町)。奥が新大久保駅方面で、手前方向にどんどん行くと歌舞伎町です。
例のゴミ箱が、ここにもあります。その隣には、『おとめ荘 宿泊』 と書かれた看板もあります。界隈は昔、小さな飲み屋や簡易旅館、連れ込み宿が居並ぶ、アヤしげな一帯でした。
おいらの高校は新大久保にありました。ここは、授業を抜け出しては歌舞伎町に遊びに行く際に通った路地でもあります。
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『彦左小路』 と書かれた薄汚れた電飾と、『1泊500円』 と書かれた、煮染めたような旅館の看板を今でも覚えている。高校への行き帰りの山手線から毎日見えた。『試験に出る英単語』 を覚えるよりも、その刷り込み効果はスゴかったわけだ。
彦左小路は、新宿ゴールデン街を二回り小さくしたような飲み屋街。1泊500円の旅館は、労務者専用の簡易旅館だった。それらが建ち並んでいたのが、この路地だ。
ほかにも安宿などがあったのだろうが、覚えていない。この 『おとめ荘』 も記憶にない。ここを通るのは、歌舞伎町に急ぐ時にほぼ限られていた。健康不良高校生たちは、路地に構っているヒマなどなかったのだ。

新大久保駅から高田馬場にかけての横丁には、簡易旅館がかろうじてまだ数軒ある。母校のある一帯は、要するにそういう街だった。この道にも通学路にも、男たちがよく寝ていた。今思っても、素晴らしい教育環境だ。
だが現在、拡幅計画が進められており、ご覧の通り、昔日の面影を残すのは、この看板とゴミ箱くらいとなった。
(新大久保シリーズ、ちょっとだけ続けます)
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by muffin-man | 2006-10-09 08:20 | 新宿/渋谷/原宿 | Comments(16)
Commented by Rambler5439 at 2006-10-09 09:13 x
たぶん健康不良少年が高校に通っていた頃、ぼくは高田馬場銀座の路地裏に建つ木造3階建ての下宿屋をねぐらに、無頼気取りの生活を送っていました。高円寺の雀荘で徹マンしたあと、新宿へ出て遅い朝飯を食べ、この道を歩いて帰ったこともしばしばです。自分自身を持て余していたのでしょうね、きっと。今もですけど。
Commented by 風俗散歩 at 2006-10-09 09:41 x
先日の北千住といい、今回の新大久保といい、マフィンマンはゴミ箱探しの名人ですね。 新大久保、歌舞伎町というエリア、簡易旅館、連れ込み宿という着眼点には、脱帽です。
Commented by lucca-truth at 2006-10-09 10:46
おはようございます
このあたり長いこと行ってません。
大久保から新大久保周辺随分変わったのでしょうね。
ここにも懐かしいゴミ箱がありますね。
意外に残っているものですね。

Commented by henronin at 2006-10-09 11:29
この辺は毎日電車の中から眺めています、数年前に簡易旅館の火事後の錆トタンを撮りに行きました、ここの道路を拡幅するのは何故?と何時も疑問を感じてます、このゴミ箱まだ使えそうです。
Commented by マフィンマン at 2006-10-09 12:29 x
Rambler5439さん
カッチョいいですね、無頼派。おいらの当時の 『憧れの無頼派』 というと、何と言っても、映画 『赤い鳥逃げた?』 の原田芳雄です。恋人役の桃井かおりは、理想のガールフレンドでした。
Commented by マフィンマン at 2006-10-09 12:31 x
風俗散歩さん
高校生時代にカメラをやっていれば、と悔やむことが時折ありますが、この界隈なんて、まさにそんな被写体でした。大人の女の人もいっぱいいたし、写真をやっているうちに人生まで変わっていったような……。
Commented by マフィンマン at 2006-10-09 12:34 x
lucca-truthさん
この界隈は 『一変した』 というより 『徐々に変わりつつある』 と言った方が正確かもしれません。実際、再開発のスピードはかなりゆっくりです。それだけに、変貌ぶりがパッと見では分からないかもしれませんね。
Commented by マフィンマン at 2006-10-09 12:36 x
遍路人さん
え、火災があったのですか。死人は出なかったのでしょうか。小路だらけなので、消火活動もさぞ困難だったのでは?
火災後の錆トタンの写真、ぜひアップして下さいよ。
Commented by aoi_color at 2006-10-09 21:08
この道をまっすぐ行くとJR新大久保駅ですか?
最近、同じ沿線を歩いたもので………
「おとめ荘」今、住宅地図で探しています。
見つかり次第報告しますね。
Commented by korotyan27 at 2006-10-09 22:40
こんばんわ。彦左小路ですか!
東京裏路地<懐>食紀行という本に載っていて是非行って見たいと
思っていましたが無くなっているそうで残念です。
新大久保界隈とのことなのでまた楽しみに伺います。
Commented by nobulinn at 2006-10-09 23:00
こんばんは!
きれいな青空ですね~。
乙女荘という看板も、空き地の緑も、自転車のおじさんも、どこかのどかで、今はきっと昔のイメージないんでしょうね。このエリア未知の世界なので、楽しみにしてます(^^)
Commented by igu-kun at 2006-10-10 00:30
抜けるような青空が最高に気持ちいいですね。
おとめ荘の看板に古いゴミ箱、この辺りもいい風情が残っていますね。
Commented by マフィンマン at 2006-10-10 06:31 x
あおいさん
ご指摘の通り、この道を真っ直ぐ進むと、新大久保駅の横っちょ(大久保通り)に出ます。『おとめ荘』 らしき建物は、看板を右に入ったところにあるのですが、営業中なのかどうかはよく分かりません。
Commented by マフィンマン at 2006-10-10 06:37 x
korotyan27さん
その本はおいらも持っています。軽妙なタッチで書かれている割には、よく取材もしており、なかなかの一冊です。同書によると、この界隈はナンと、昭和20年代にすでに再開発の計画が立案されたそうですね。
Commented by マフィンマン at 2006-10-10 06:39 x
のぶりんさん
撮りながら、『こりゃ、郊外だな。昔の所沢かい、ここは』 などと思ってしまいました。都市の中心部で、空き地と真新しい建物が混在する不思議な空間です。
Commented by マフィンマン at 2006-10-10 06:43 x
igu-kunさん
緑色のネットで囲われた空き地は、都が作った緑のスペースです。本格的に再開発が始まるまでは、とりあえず植樹でもして開放しておこう、という発想のようですが、今年2月に訪れた時は、開放されていたものの、一昨日は南京錠がかかり、立入禁止になってました。ホームレスも多いようです。
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