堤通  春日昌昭に会いに行く

7月に出版された故・春日昌昭さんの写真集 『40年前の東京』 (生活情報センター)に夢中です。東京五輪をはさんで劇的に変わっていった昭和38(1963)年から3年間の東京が克明に、そして、この街への熱烈な愛と哀惜をもって描かれています。
出版を記念して、写真展が春日さんの故郷・墨田区で開かれています。会場で、都立本所高校時代の同窓生で親友の安野侑志(ゆうし)さん(63)に思い出話などを聞きました。
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「春日はね、とにかく待つんですよ。『あの雲が動くまで』と、静かに、納得するまで待って撮る。パチパチ撮るというスタイルではなかった。どんな写真を撮る時も、変わらなかったですね」
女性と一緒に歩いていても、ジッと待たせることもしばしばだったという。
一方で、東京中を歩きに歩いた。銀座や新宿などの繁華街はもちろん、赤羽、大井町、中野、五反田、高田馬場、千住、蒲田、成増、秋葉原、神田……そして大好きだった浅草と、縦横無尽だ。

安野さんのお気に入りの1枚を手に取ってもらった。蔵前1丁目の廃屋を撮った写真で、手前にマンホールと薄汚れた舗道を大きく配し、正面には主役の廃屋とくたびれた自転車とバイク。人物は一切写っていない。街灯が物憂げだ。
「とても地味な写真だけど、マンホールの手前に、カメラを構えた春日の姿が見えるような気がするんですよ」

ところで、安野さんは現在、『ヤッサンの紙芝居』として、大阪を中心に全国を飛び回る現役の紙芝居屋さん。東京から大阪に移り住んで、40年近くになる。
だが、紙芝居を始めたのは、実は春日さんが先だ。昭和47年、大阪の安野さんの元へ春日さんが居候し、突然、紙芝居を始めた。
「驚いて、聞いたんですよ、何で紙芝居なんだって。春日は、『自分たちの子どもは、もう紙芝居なんて見なくなるんじゃないか。年取ってからも、自転車で紙芝居をやっていたいんだよ』 と話してましたね」
と言っても当時、春日さんはまだ独身だった。
「あの頃、子どもたちが街からいなくなり始めたんですよ。そんなことが背景にあったんじゃないのかな」
『少子化』という言葉が生まれるずっと前から、子どもたちの姿が路上から消えつつあったという。だとすると春日さんの視線は、たとえ写真家から紙芝居屋に仕事を変えようと、あくまで失われつつある人々や風景に視線を向け続けていた、ということになる。

結局、春日さんはその後、東京に戻り、写真の道を再び歩み始めるのだが、紙芝居屋時代も、カメラを手放したわけではなかった。安野さんは、こんなことを教えてくれた。
「春日は、紙芝居屋をやりながら、集まってくる子どもたちの姿をカメラに収めていたんです」
何と言うことだ。子どもたちを主役にした膨大な春日作品が眠っている、というのだ。土門拳の傑作 『江東のこども』 を思わず連想し、興奮してしまう。日の目を見ることを願わずにはおれない。
※ 取材:10月2日(月)夜

写真展は梅若橋コミュニティ会館で、5日(木)まで。
期間中は、11時と15時の2回、安野さんの紙芝居の実演も楽しめます。

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by muffin-man | 2006-10-03 01:09 | 東向島/京島/墨田/向島/文花 | Comments(12)
Commented by lucca-truth at 2006-10-03 06:55
おはようございます
40年の東京懐かしい風景に合えそうな写真集ですね。
東京オリンピック前後で原宿もがらりとかわりました。
どんどん発展して、故郷の風景も失われていきました。
子供のころ紙芝居やさんいましたね。
最近見かけませんがまだがんばってる方いるんですね。
Commented by マフィンマン at 2006-10-03 07:21 x
lucca-truthさん
お早うございます。安野さんは、教育委員会などの依頼でいろいろな土地に出かけるそうですが、『平日に比べ、土日は子どもの集まりが悪い』そうです。今どきの子どもたちは忙しいんですね。
Commented by nobulinn at 2006-10-03 07:59
おはようございます!
この写真展のこと、さっきNHKのニュース内で案内してましたよ。
東京が一番激変した40年だったのでしょうね。
Commented by Rambler5439 at 2006-10-03 08:57 x
今日、これから行ってめえりやす。途中、新宿の紀伊国屋書店で1/10000地形図"青戸"と"亀戸"を買って。歩くエリアが際限なく広がるのを恐れ、ずーっと抑えていたんでやすが、こういう記事を見せられたんじゃ行かないわけにはまいりません。大先達への義理を欠くわけにもまいりません。それがPENTAX PEOPLEの盃をうけた散歩人の意気地。50男の美学ってやつなんでございます。
Commented by rrb at 2006-10-03 09:34 x
おはようございますm(..)m

ん~…感銘!
激動の時代を時の流れを自分のものにして写真を謳歌したという感じですね。
必ずしも「近代化」が良いとはかぎらない…そんな気持ちになりました。
Commented by aoi_color at 2006-10-03 14:37
実に興味深いですが40年前は私は自身誕生しておりません。
懐かしいという世代ではありませんがこの写真集はほしいと思います。
おじさんの顔満足そうな表情が良いですね。
Commented by henronin at 2006-10-03 17:47
その激変の時代に自分は生きるのに必死でした、その時その状況を懸命に記録として残していたのですね、頭が下がります。
Commented by マフィンマン at 2006-10-03 20:45 x
のぶりんさん
3日(火)朝のNHKで放送する、と安野さんから聞いたので、取材後はとっとと帰宅し、急いでアップしました。放送局なんぞに負けてられないですからね。
Commented by マフィンマン at 2006-10-03 20:48 x
Rambler5439さん
ありゃあ、かなり刺激してしまいましたか? しかも、やはり地図でなくて、『地形図』。安野さんは、春日さんに伴われて青山から新橋まで歩かされたそうです。しかも、歩行スピードは相当なものだったとか。
Commented by マフィンマン at 2006-10-03 20:50 x
rrbさん
でもね、安野さんによると、当時のほうが人々はせかせか歩いていたそうです。『あの頃は東京の人もノンビリしていたんでしょうね』と言うと、『とんでもない』と話していました。
Commented by マフィンマン at 2006-10-03 20:53 x
あおいさん
安野さんによると、墨田区墨田あたりは昔、ほとんど田畑しかなく、東京大空襲による大きな被害は亡かった、と言います。『下町』という言葉でひとくくりにすると物事を見誤るな、と勉強になりました。
Commented by マフィンマン at 2006-10-03 20:58 x
遍路人さん
春日さんの写真を見ていると、撮るならやっぱり東京の街だ、と改めて思ってしまいます。美しい山河もいいのですが、街の喧噪や人々の息吹きなどをもっともっともっと撮りたい、と思ってしまいます。
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